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『喧嘩百景』第11話成瀬薫VS不知火羅牙

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 薫は覚悟を決めて羅牙に殴りかかった。
 目と鼻の先で羅牙の身体が沈む。
 「ごめんよ」
 羅牙は身を捻(ひね)って足を振り上げた。脛(すね)の部分が薫の顎を捕らえる。膝と足首を曲げて薫の頸を引っかけると身体を回して地面に叩きつける。その勢いでくるりと一回転した羅牙は肘から薫の身体の上に落ちてきた。
 「あ…ぐ」
 細い腕がまともに胃の辺りに突き刺さる。
 羅牙はすぐに飛び起きて、薫の手を取った。
 力任せに引き起こして腕を捻(ひね)る。
 「薫ちゃん、腕、使えなくなっても知らないよ」
 羅牙は薫の腕に腕を絡めた。肘に負荷が掛かる。関節が悲鳴を上げた。
 「羅牙っ」
 薫は身体を曲げて羅牙の足元を払った。バランスを崩して自分の方が膝をつく。羅牙はじんわりと腕に体重を乗せた。
 ――だめだ。折れる。
 腕が軋(きし)む。彼女の力ならゆっくりやったって腕の骨くらい折ることができる。羅牙が本気ならもう逃れることはできない。
 ――羅牙め。利き腕一本くれてやる。それで―――。
 薫は奥歯を噛み締めて痛みに備えた。
 「ちっ」
と羅牙の舌打ちが薫の耳に届く。もう後少し力を加えれば確実に折れるだろうというところで、羅牙は薫の腕を解放した。
 「強情だねー」
 美希が声を掛ける。
 「全く。こんなことで腕一本なんてバカ臭い」
 羅牙は腰に手を当てて、はあっと溜息をついた。――薫ちゃんを本気にさせんのが難しいのは知ってたけど、まさかこんなに簡単に利き腕捨てるたぁね。
 「勘弁してくれよ」
 薫は痛む腕を押さえて羅牙を見上げた。
 羅牙は首を横に振った。
 「緒方(おがた)に頼まれたんだ」
 彼女は言った。
 緒方――緒方竜(りょう)。羅牙の同級生。
 薫が高校三年の時に一年に転校してきて、それ以来彼に勝負しろとうるさくつきまとっていた。その竜が羅牙に何を頼んだというのだろう。
 羅牙は、負けず嫌いの同級生の今にも泣き出しそうな顔を思い出した。
 「今のあいつじゃ薫ちゃんには敵(かな)わない」
 竜が羅牙に頼み事をするなど滅多にないことだった。しかもあの負けず嫌いが、やってもみていない勝負の敗北を認めて。
 「でも、あいつ、強くなるよ」
 羅牙は言った。
 それは薫にも解っている。