『喧嘩百景』第11話成瀬薫VS不知火羅牙
彼女の力は美希とは比べものにならない。薫は羅牙がそれを引く前に彼女の前へ飛び出した。
羅牙はくるくるっと手にワイヤーを巻き付けて長さを短くすると、その手で殴りかかった。腕を引いて殴りかかるときにワイヤーの弛(たる)みに捻(ひね)りを加える。輪になったワイヤーが薫の腕を叩く。羅牙は拳が薫に届く前に方向を変えた。馬鹿力で薫を翻弄する。
――やっぱり速い。
薫には羅牙の攻撃をかわすのが精一杯だった。
「鈍(なま)ってるよ、薫ちゃん」
羅牙はワイヤーをするするっと解(ほど)いた。大きな動作でそれを波打たせるとぽいっと端末を放す。
薫は躍るワイヤーを目で追った。
羅牙の姿が視界の端へ移動する。
――しまった。
視線を戻すよりもとっさにその場から跳び退く。
「遅いっ」
羅牙の踏み込みは薫の動作を読んでいたかのように深かった。
重い一撃が鳩尾に食い込む。
「ぐ」
薫は堪らず膝をついた。
羅牙は拳を薫の腹にめり込ませたまま、軽々と彼の身体を持ち上げた。
「参った」
薫は痛みを堪(こら)えて羅牙の肩に縋った。
充分だ。羅牙の腕前はよく解っている。――羅牙だって俺のことはよく解ってるはずなのに。
「こんなんじゃ許さないね」
羅牙は薫の身体を突き放すともう一方の拳を突き出した。
薫はその拳を押さえて更に後ろへ跳び退いた。
苦いものが込み上げる。
――手の内を知られ過ぎてる。俺に当てるなんて。
薫は腹を押さえた。
ここ最近、当てられてことなんてなかったから、効いたな。きついわ。
「勘弁してくれよ」
薫は助けを求めるように美希の方へ視線を送った。
「羅牙を殴り返せたら勘弁してあげる。一発でいいよ」
美希は意地悪に言った。
――何を考えてる?何故こんな――――。
「あたし相手によそ見たぁ上等だ」
羅牙が目の前に飛び込んでくる。
薫は地面を蹴って跳び退いた。今度はもっと勢いを付けて距離を取る。
羅牙はぴったり付いてきた。
――だめだ。俺の間合いを知っている。逃げ切れない。
「薫ちゃん、本気でやってもいんだよ」
美希。
――本気で?
羅牙の踏み込みは、一回一回彼の見積りよりも深めだった。――もう二、三発喰ってみるか。
作品名:『喧嘩百景』第11話成瀬薫VS不知火羅牙 作家名:井沢さと