韓国客船に乗り合わせて
「だから、下に行って生徒を探そうなんて無理だったんだよ、それに先生、日本人だし。もともとそんなにがんばる必要ないじゃ無いか」
「・・・」
一瞬考える時間があった。迷いと後悔。これまでもずっと繰り返してきたこと。この期に及んでもまた「迷って後悔」した。
でも今度は違う。今度はもう後が無いということ。本当に後が無い。
今から出来ることを考えてそれをするだけ、きっと今からでも自分の人生に満足できる方法がある。
けれども、私は生徒を助けることが出来なくなったという現実を突きつけられた。なにもできなくなったと私は脱力した。それにさっき階段を転倒したときに、腹部と胸を打ち、腕にも打ち身もできていた。腹に力が入らない。顔は上を見上げたが、私のお腹は緩んでいた。悲しんだり嘆いたりするには、お腹に力が必要だがその力を入れる余力は全くない。緩んだ身体に相応しいことは決まっていた。笑い。
「はははーはははー笑えるわね、本当に。はははーはははああーはははあああーーー」
「・・・・」
「笑えるわよ、ホントに。さっきは助かりやすい甲板にいたときには、下に行って生徒を助けないといけないと思っていて、下段に転倒した。ところがさあこれから格好良く生徒を避難誘導しようと思ったら、上にも下にもいけずに、ぶざまに座り込んでいる。これって笑うしか無いじゃん。ばかみたい」
私は笑った。ただただ笑った。チェがいることも忘れて笑った。
私の笑い声につられて、チェ君も顔が次第に笑い顔になっていった。そして、笑いがチェに伝染していき、とうとう笑い出した。
「はははははーー、はははははー」
口を大きく開けて豪快に笑うチェの笑い顔が可愛かった。
携帯の時計を見たら、「8月3日午前9時53分」になっていた。5分が過ぎた、貴重な時間が5分も過ぎた。
私とチェが座って笑い続けていると、45歳くらいのスーツを着ていた男性が手すりにしがみつきながら、男性が近づいてきた。そして、通路に座り込んでいる私たちを又越そうとしながら、私たちに話しかけた。
「中学の教員と生徒か?笑っている場合じゃないぞ、食堂は塞がった。生徒は出れない」
「ええ、なんでだよ」
「おれは食堂の隣の部屋にいたが、おれが部屋から出たとき、食堂のドアが金属の食器棚で塞がって動かなくなっていた。ガラス越しに食堂の中の様子が見えた。40人くらいはいたが、泣き声と叫び声、「助けて!誰か来てた!」って言うばかりだった」
「なんで助けないんだ、大人だろ」
「ばかやろう、もう水が出てきているんだ。こっちが助からねえ」
「食堂の中学生は無理だ。お前たちもここにいるなら助かるかもしれん。早く逃げろ」
私とチェが目を合わせた。私たちの上をスーツの男は通り過ぎて、4メートル先の階段に向かって歩き、ごった返している階段の踊り場に消えていった。
一気に顔を青くしたチェ君が涙声で
「さっきまで一緒に遊んでいた奴が死ぬのかよ、本当に死ぬのか」
と言った。
「でも、怖いとか言っている暇はないわよ、口に出そうよ、絶対にここから抜け出して帰るって。そして、スジンと付き合いなさい」
「はあー」
「美人のスジンは君のことが好きなんだよ」
「だから口に出そう絶対にここから出るって、帰ろうって」
「うん、分かったよ、ここから帰ろう、スジンに会いたい!」
沈没しかけた客船の中の通路で、私の心は明るくなった。できることは全部やろう。
下の方から水がしみ出してくるような音がした。シューシューシューという音だった。
「先生、水は多分、このすぐ下まで来てる」
「・・・」
「何かするならいましなかいぜ、先生!」
「ねえ、この扉の向こうは小部屋の客室だよね、そしてそこにはきっと船窓があるよね」
「ああ、じゃあ船窓から外に出ようってか?」
「ビンゴ!!それをやれば助かるかも」
私は、40度くらいに傾いた廊下の壁に凭れていた。そして、目の前には斜め上側になった客室のドアあった。そのドアを向こう側に押せば、客室の中に入ることが出来る。
「体当たりでドーンと向こうに押すよ」
「わかった、やるよ、ハナトウルセ!!」
私とチェ君は同時に思い切りドアにぶつかっていき、ドアを向こう側に押した。
だが、びくともしなかった。「クソっ」とチェが叫びながら、怒りの気持ちを込めてさらドアを何度も蹴った。さっきの揺れでドア枠が緩んだんだろう、最後の一蹴りで、「」ドーンっ、ガラっ」と砕け散った音がしてドアが向こう側に飛んで行った。
「やった!!」
扉の向こうは小さめの客室だった。私たち蹴り飛ばしたドアから約3メートルのところに、船窓があった。そして、そこには乗客の残した荷物だけが散乱していて、人はいなかった。幸いにも、小さめの4つ船窓から朝の日光りが十分流れ込んでいて、まだ船窓の外は海の上であり、船窓から出ることが出来れば助かるに違いないと思った。
「チェ君、助かるかもよ」
「うん、そうかも」
私とチェ君は、隅の仕切り壁に寄って仕切り壁の手すりに?まりながら、約30度に傾いている急なフロアを上っていくかのように、船窓に近づいた。先に進んでいるチェ君が、私の手を引いてくれた。中学生とは言っても男子の力は大した物だ。
幸いにもそこには元々荷物も少なかったので、足元が物に煩わされることは無くて、3メートル先の船窓にそれほど苦労せずにたどり着いた。
私とチェ君は少し腰を屈めてから、一緒に船窓から外を見た。
外を見る前、何も想像しなかった。けど、悪いに付け良いにつけ、何かを想像すれば良かったと後悔した。人は、重大ななにかに接するときにある程度の予想をするものだ。それが重大であればあるほど。それは期待外れはずれだと落ち込み、二度と立ち上がれないほど無気力となるので、その回避のため人は危機に瀕すれば、その都度次の事態を予想する。けれども、このとき私は何も予想しなかった。
私たちは、船窓を通して、どんよりとした雲を見て、すぐに下を見ようとしたが、船窓が上空を向いている状態だったので、真下を見下ろせなかった。それで、私たちは窓枠を手でしっかりと握って、さらに首を上方に持ち上げて、遙か斜め下をすがめで見下ろした。やっと見えたのは、遙かに下方にある泥色の高波の海であり、ビルの3階くらいの高さがあったから、この高さから高波の中に飛び込むのは決死の勇気がいることだろうと想像できた。そして、海上には救助艇がいくつか次第に近づきつつあったが、波が高くて救助艇は木の葉のように揺れていた。
「どうする?」
「どうにもならないかな?」
「生きるためには知恵を出さないと。」
「先生、携帯持っているだろ、携帯でなんとかしろよ、彼氏を通じて僕らはここにいることを地元の海上警察に知らせるとか」
「・・・」
「考えている暇はないだろう!何かしろよ」
「そうね、そうそう、」
私は胸ポケットから、チャック式のジッパーが付いたビニール袋に入れて置いた携帯を取りだした。幸いにも電波は飛んだ。
「ヨボセヨ、パクヲム?」
「ああ、治美?もう脱出したか?」
作品名:韓国客船に乗り合わせて 作家名:ブラックウルフ