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ブラックウルフ
ブラックウルフ
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韓国客船に乗り合わせて

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 私は、韓国人のテキトーさが好きだった。「パリパリ文化」というくらいの速やかに動いてくれる文化が、何事も失敗がないようにとゆっくりと動く日本とは違って、気楽に物事が進んでいくので、好きだった。でも、このときの船員のいかにも韓国人らしいテキトーさに無責任さを感じてイラついた。
 私は、その船員のネームプレートを見て「リューシーニーさんね、聞いたわよ。下にいればいいのね」とはっきりゆっくりと韓国語で言った。
 韓国人のテキトーは、日本から来てすぐは新鮮に思えた。しかし、こんなに大事なときにテキトーにやられることに怖さを感じた。
 リューは「大丈夫、大丈夫!」と言いながら、私の前から姿を消して、デッキ上部へと上がっていった。

第3章 動かない乗員!!
 私は、スジンの手を握ったまま、海を見ていた。男子生徒も私たちの横にいて、海を見ていた。甲板からは見通しがよく遠くの方まで見通せた。空は曇っていたが、雨までは降りそうもなかった。陸地が見えた。その奥は木浦方面の小高い山があり、その下方には木浦の繁華街があるだろうと思えた。そこまではそれほど遠くない。ぱっと見ても3キロはないだろう。救助艇が来るかあるいは沿岸の漁船が来るか、どちらかが先だろうというくらいの近さだ。
 しかし、私は対馬にいた高校生の夏休み、カヤックで遭難しそうになった。友達3人で対馬中央部の州藻地区にあるカヤック場にやって来て、一人乗りのカヤックに乗っていた。私は、友達ともインストラクターからも少し離れて、陸から5メートルくらいの浅瀬でカヤックを操船していた。急に友達とっしょにいるのが煩わしくなったんだ。一人になってすぐはなんでもなく、ゆるやなか潮の流れに任せてゆったりとカヤックの揺れを楽しんでいた。透き通る海水の中の色鮮やかな小魚を追って、オールを漕いでいた。私は海底ばかり見ていた。ところが、突風が吹き込んだのをきっかけに潮の流れが速くなった。しかも陸から遠ざかる潮に?まってしまった。
 当初遊んでいたときは、陸の直ぐ近くだったから、インストラクターと離れても別に不安は感じなかった。だが、波の力は恐ろしかった。浜の近くだったのに、陸から離れていくことをどうにも抵抗できなかった。沖へ沖へと流された。沖にはもっと大きな白波が立っていた。遠ざかる陸、近づく白波。キューと締め付けられる私の心臓。そして、助かった後のインストラクターの叱責と友達の嘆き。嫌だった。最悪だった。
 そのときも季節は今と同じ夏だった。私は陸から遠くなった沖合で、漁船が私を見つけてくれるまで、暑い暑い空気の中で、波が照り返す太陽の強烈な熱が、カヤックに乗っている私に浴びせかけられた。私は、カラカラになっていく喉の痛みを感じながら、心細い気持ちで救助艇を待ち続けた。
 青空の中央にどっと構えるぎらぎらの太陽が憎らしかった。海は青く青くどこまでも青くて美しかった。もしこのまま死ぬならそれも惜しくはないと思ったくらいに、青く美しかった。だが、どうだろう、この目の前の土気色した泥のような海は。
 私はほんの一瞬、10年前の対馬でのカヤックで遭難しそうになったこととと、この先この泥のような海で沈んでいくことをほぼ同時に想像した。
 また揺れた。私たちは、次第に歩くのにどこかに?まりたくなっていた。
「先生、大丈夫かよ、このまま救助艇も来ないままに、汚い海に沈められるんじゃないか」
 私は、『そうかもしれない』と思いつつも、それは口に出せないと自分に言い聞かせて「大丈夫だって」と言った。私は、恨めしげな気持ちでデッキを見上げた。
 甲板から2段階上のフロアーは操船室になっているはずだ。そして、そこに船長や航海士が舵を調整したり、エンジンを止めたり、あるいは無線で救援先と連絡を取り合っているはずだ。
 しかし、しかし・・・これだけ傾けば、今さらこのボロ船を操船する必要は無いだろう。 乗組員たちは、ここに来てお客を誘導するのが先決だろう。乗組員はさっさとここに来て、あるいは下段の生徒たちのところに行って、避難指示をするべきなのだ。それとも乗組員の何人かは下段で避難指示をしているのだろうか。そんな様子は感じられないが。
 船内放送が始まりその音楽に続けて、女性の声が流れてきた。
「この船は一旦止まりましたが、今原因を調べています。乗客の皆さんは危ないですので、その場から動かないで下さい。そのまま動かないで下さい」
 怒り合う男同士の声が近づいてきた。

「どうなっているんだ。おれの車が浸水したらどうするんだ、ええお前が弁償するのか、お前の名前を言え!!」
「いや、この船は沈まないから大丈夫だ。落ち着いて下にいて下さい」
 乗客が乗員に食ってかかっていた。この男同士の揉め合う声があっという間に近づいてきた。声の主は、私とスジンの目の前で、いがみ合い怒鳴り合った。そして、年配の男が若い乗組員の胸元を掴んだ。
 私がスジンの目を見て、スジンも私の目を見返した。
 私の背後では、チェらが不安そうな顔で遠方を眺めていたが、チェが「先生、おれデッキの様子見てくるから」と言うや、手すりに?まりながら、「ガンガンガン」と音を立てて、3メートル先の鉄製階段を上っていった。
 
 ちょうど、その時だった。私の携帯が鳴ったので、受信ボタンを押した。
「ヨボセヨ、治美どうしているの?チェジュ島に着くが遅くなるのか?」
 パクヲムの声だった。その声にしがみつきたいと思いつつ、その代わりに私はスジンを抱き寄せて彼女の手をしっかり握った。彼女の背中と二の腕の柔らかさが羨ましかった。
「ああ、パク、ああパク、今大変なのよ、船が止まって傾いているのよ」
「えっ本当か?」
「そうよ、こんなこと冗談で言えるわけ無いでしょ」
「もしかしたらその船は船荷を積み過ぎてないか、クルマ載せ過ぎてないか。実はその会社、荷を積み過ぎるってチェジュ島では有名なんだが」
「なんでもっと早くに言わなかったよ。そう確かに私たちが乗船する時、車は順番待ちで渋滞するくらいに載せていたわ。積み荷?ああそういえば客席と同じ高さのデッキの上にまで、30トンくらいのコンテナをいくつも載せていたのよ」
「やっぱりそうか」
「で、何個くらい積んでいたか?」
「さあ、男の子に見てきてもらおうか?」
「そうか・・・」

 ドーン、ドーン
 ドーン、ドーン
 ギュイーギュイー
 またこのボロ船が揺れて、金属がこすれ合うような気味の悪い音が伝わってきた。スジンの手がギュッと私の手を掴んだ。
「先生、コンテナなら乗るときに僕らが見たよ。20個くらい甲板の舳先に積まれていたけど、傾いた時に落ちたじゃなかな?」
と私が携帯で話すのを聞いていたチェ君が口を挟んだ。
「聞こえた?すぐ横で男の子が、大きな声で言ったから聞こえたでしょ」
「・・・いかん、いかん、治美すぐ下りろ、その船はもうすぐ沈むぞ。早く下りろ」
「そんな、救助艇は来ていないし、それに私は引率の教員なのよ、臨時とは言っても教員なのよ、生徒を置いていけるわけないじゃない」