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明梨 蓮男
明梨 蓮男
novelistID. 51256
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二進数の三次元

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 ついに聞いてしまう。甘やかすのはよくないと重々承知だが、それでも言ってしまったのだ。ドキっとした顔になったセレナはしどろもどろで隠そうとした。
「はぁ……。セレナって遠慮してんだか分からないよな」
「う、うるさいわよ」
 セレナの目の前にスッとメニューを出すと、すぐさまそちらに目を落とす。僕がメニューを下げる。予想通り残念そうな視線でメニューを追うセレナ。もう一回差し出す。どれにしようと目が泳ぐ、そのタイミングでまた引っ込める。
「遊ぶなっ!」
「はいよ」
 素直に渡してやる。まだ食べたかったのか、僕からふんだくったメニューから速攻で頼んだ。もう目をつけてあったらしい、和風ふんだんキノコのハンバーグ九八〇円。千円くらい大丈夫なんだけどな。いや、甘やかすのはよくない、よくない。


「私、バイトとかした方がいいのかな?」
 ウインドウショッピングなるものを生まれて初めて女としている中、セレナは真剣なまなざしで、店員を目で追っている。
「なんだ、一応考えてるんだな」
「悪い? 分かった。じゃあ、このバッグとあのストール、買ってよ? 合計二万くらい? あと、さっきのお店のポンチョとか―――」
「分かった、分かったから。セレナは僕の財布の中を気遣ってるな。すっげぇな。流石セレナだ」
「勘弁してあげるわ」
 持ち上げるだけ持ち上げたら勘弁してもらえた。それにしてもそんなに欲しいものがあったのか。音に聞く女のコーバイイヨクというものは、女なら誰でも持っているようだ。
「別にあんなんいらないけど。暇つぶせないし」
 ここに例外がいたようで。セレナに限って物欲基準は「暇つぶし」が正解。無骨な服装で街を歩いていたセレナを見ていれば分かることだった。
「僕の部屋は暇つぶしに最適だな。漫画もゲームもあるし」
 もう見飽きたのかセレナはショーウインドウから目を離して振り向いた。
「サタロー、悪趣味だもん。あんなのばっか読んでるから根暗なんだ。あ、違うか。根暗だから読んでいるのか」
 せっかくの休みを割いて散策に付き合ってやっているのに、ここまで言われるとは。しかし……、核心なだけに、つくづくサトラレ気質を実感する。
「確かになぁ……」
 しかも、妙に納得する自分がいるのだ。
「ちょっとすぐ認めないでよ。張り合いないなぁ。ほら、次はあんたの行きたい場所なんでしょ? いくわよ」
 変に優しさを見せられても惨めになる。けれど、滅多にないイベントだからしっかりいただいておこう。
 ついたのはアニメグッズ専門店。ここが僕の来たかった所。

『ぽっぷれんたるぅ〜☆ 限定あーりゃんバリキュンチアコスフィギュア発売中』
 
 店頭にはこんなポップ。平常運行なんだ、これでも。かわいさが飽和しているポップがでっかく飾られていても、だ。ただただオタクに媚びやがるように萌え押しがドキツイこのクソアニメめ。『ルーイン・サーガ』よりでかい顔してんじゃねぇ。と、いつもの悪態が沸いてくる。隣のセレナを試しに見てみると、予想通り表情が凍りついている。活動停止。唖然と口を開けて流れてくる「ぽっぷれんたるぅ〜☆」のオープニングに頭をかき混ぜられているのだろう。無理もない。ここは魔窟なのだ。
「お、おい。お前外で待ってろよ……」
 声をかけてようやく洗脳から解き放たれたようで、我に返って僕を見る。
「お前って言うな……」
 洗脳の音波は深く響いてしまっているようで、いつもの文句にも覇気がない。重傷を負いかねないぞこれは。
「なぁ、ホントに……」
「いくわよ。今日付き合ってくれたんだし、いくわよ」
 意を決したのか、一歩重く踏み出した。これは早く用を済ませたほうがいい。セレナがあの表情で固定されかねない。欲しいものだけ買って帰ろう。まずは漫画コーナーを回る。下調べを済ましておいてよかった。これと、これの新刊―――、お、この作者新しい漫画出したんだな。あとこのオムニバス面白そうだな。財布の中身は多く入れてあるから買えるだろう。
 漫画という名の煩悩が蔓延る店で泳いでいて気づく。下調べなど一切意味がなかったことと、セレナがそれに見かねて一話限定の試し読みをしていたことだ。このコーナーだけでも試し読みは数多くあるから、ここで待ってもらおう。夢中になっているみたいだし、洗脳電波からも身を守れるはずだ。
「セレナ、この辺に居ろよ」
 だまってセレナはうなづいた。よし、今日諦めかけていた同人誌コーナーに足を向けられる。こここそ、煩悩なぞ生ぬるい、変態の巣窟、歪な性欲の奔流……、魔窟最深部。俗に言う、エロ同人。集めてはいるが―――、今回は目ぼしいものはないようだ。アーシェが淫らな視線でこっちを見る。やめてくれ、アーシェはそんな顔をしない。この同人誌を書いた奴はジャーマンスープレックスをぶちかましても足りない。裁かれてしまえ。そうだ、普通の同人誌を買おう。確か出ているはずだ。この店はエロ同人に力を注いでいるから探すのに苦労しそうだ。見当たらない。これらを女性店員が陳列していることを思うと実際に並べている姿を見つめたい。どんな顔をして、どんなことを思っているのだろう。などと腐った妄想をしているから、不意に近づく足音に飛び上がる。穢れた欲望を打ち消して、歪んでいるであろう顔面を感情ゼロに戻す。
「サタロー、あんた……」
 いっそ、女性店員のほうがマシだった。セレナが、乱れる女の裸体がずらりと勢ぞろいするエロ同人コーナーを目にしてしまった。むせ返るようなエロの瘴気にあてられて、入店時よりも致命傷を負ったであろうセレナも、流石に一歩たじろいで、金魚のように口をパクパクさせる。
「あ、あんた、ま、ままままぁ、あんたも男だよね、うん。そうね」
 今から僕は何を言われるんだ。おののき震えて、僕は動けない。言い訳なんて浮かぶわけもなく、視線を東奔西走させる。
「ところでなんでこの女の子は小さいのに裸なの? 見るからに小学生くらいじゃない? この白い液体は何? ねぇ、なんで皆こんなにおっぱいおっきいの? っていうか、なんで皆気持ち悪い顔して喜んでるの? 何に喜んでるの? ねぇ、なんで?」
 鬱屈してブッ壊れた性欲の塊たちに次々と、純粋な疑問をキラーシュートで放っていく。全ての問いの答えなど、一つでまとまる。「そうしたほうがエロい」から。つまりは性癖だ。しかし、そんなことをセレナに言えるわけない。ナイフで開いた傷口に丁寧に塩を摺りこんできやがる。痛い。ずくずくと痛い。狂った性欲所持者に対してセレナは無敵だ。
「す、すまん。もうちょっとさっきのコーナーで待っていてくれ」
「なるほど、ここは性犯罪者生産場なのね、この店は……」
 目の前の悪魔は白い目をして僕を睨む。魔窟最深部に悪魔がいる。倒せっこないぞ。言い返す武器もない。悪魔は羽虫を見るようにして自分の城、もとい漫画立ち読み安全区域に帰っていった。とたんに周りの奴らの恨めしい波動をひしひしと感じた。そういうや僕はセレナの裸を見たし、一緒に暮らしちゃってるし、一緒にお出かけとかしている。優越感で頬が緩む。でも帰ったら帰ったらで、セレナがいろいろ訊いてきたり、探されたりすることを思うと、あがった口角も下がってしまう。
(早く選ぼう)
作品名:二進数の三次元 作家名:明梨 蓮男