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明梨 蓮男
明梨 蓮男
novelistID. 51256
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二進数の三次元

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「最後までこうしたい。もちろん、サタローと一緒の気持ちなの……。だからこそ、隣で街の人たちに声をかけたい。笑って、幸せを運ぶの。それってとっても素晴らしいことじゃない? 輝いてない? ねぇ、サタロー? 私達の願い、叶うよね」
「………。ずるいぞ、お前ばっかり」
「セレナって呼んでよ」
「ははは……。分かったよ。セレナの言う通りにするさ」
「ありがとう……」
 サンタクロースは昨日でこの街から去ってしまった。大人の僕には姿すら見せず、女神のセレナは願っても叶わぬ夢を持って消えてしまう。二人、こんなに声を震わしていても幸せな街には誰一人として助けてくれる人も神もいない。

 キィーン、キィーン、キィーン、キィーンキィーンキィーンキィーン。

 目には見えぬ何かが僕らを引き離そうとする。もうさっきからずっと鳴っている時の知らせに抗うように、セレナは叫んだ。
「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いまーす!」
 それは、傍から見ればただ熱心なボランティアだと思うかもしれない。誰でもいい、僕のほかにセレナを知ってくれ。この小生意気で純粋な少女に気づいてくれ。雪は降らずとも、奇跡起こらずとも。
「赤い羽根共同募金に、ご協力、お願いします!」
「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いしまーす!」
 僕らはもう泣かない。嗚咽にむせいで座り込んだりしない。幸せに包まれた今日をぶち壊してはいけない。セレナがそう願う。強い誰かが叶えないのは知っていたさ、僕が叶えてやる。
「赤い羽根共同募金に、ご協力、お願いします!」
「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いしまーす!」

 ああ、セレナ。好きだ。こんな風に思えるのは、今日この世界で一番の幸せ者だからだよな? 今なら素直に思えるよ。

 うん……、私も。ねぇ、分かる? こんなに幸せなんだよ。こんなにもあるんだよ。世界中に伝わるくらい大きいよ。

「ぁ、あ、赤い羽根、共同募金、に、ご協力おね、がいします!」
「赤い羽根共同、募金、にぃ……、ご協力、お願いします!」
 笑いあう人たち。明日からは年明けに思いを馳せる。今日のことなんて、忘れてしまったかのように。
 僕らが強いて願う思い。このひと時だけは皆、笑顔で居てください。好きな人と、大事な人と、一緒に過ごしてください。
「ぁ、あ、あ、かい、羽ぇ―――」

 キィーーーーーーーーーーーーン。

 魔法が解けたように、僕は醒めた。
 隣にはサンタクロースの衣装と、募金箱が落ちていた。
 音は、もうしない。
 分かっていたことじゃないか。
 覚悟、していただろう。
 最初から知っていただろう。
 孤独が心を押しつぶす。ひどい、無慈悲な力。
「う、うう、うぇ……っ! はぁ」
 喉から出たがる激情、勝手にあふれようとする涙。僕はここで撒き散らしていいだろうか? 目の前を歩く人に殴りかかってもいいだろうか、ライトアップを引きちぎっても―――。
「クロセさーん、ちゃんと持ってもらわないと困ります」
「あれ、なんでこんなところにコスチューム落ちてたっけ?」
 横からメンバーが声をかけてきた。その言葉の意味を即座に理解した。うつむいたまま深呼吸して、セレナもそうしたように笑顔の仮面を貼り付けた。
「あー、すいません。僕が二つ持つって言ったんだった。そのコスチュームは、僕が手違いで持ってきてて、回収まで待とうかなぁって」
 そう言って二つを拾った。僕のものよりずっと重い募金箱を、まだ暖かいコスチュームを持って、気丈に言ってやる。
「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いしまーす!」
 納得してくれたようで、声をかけてきたメンバーも持ち場に戻って募金を呼びかける。
 暖かい……。誰も覚えていなくても、ここにセレナの証拠がある。この街にまだセレナの声が響いている。そう思えば暴走しそうになっていた心が、凪のように穏やかになるのだ。
 灰色の街、色を失った世界の住人。今日から僕も元通りの色へ。それでも構わない。セレナが僕に世界は僕の思っているより、ずっと美しいものだと教えてくれたから。

 だから
 さよならだ、セレナ。




「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いしまーす!」
 僕はまだここで、こんなことを言っている。NPOセンターの一員として働けている。父は一昨年死んでしまった。仲違いをしていた父だが、就職した後久しぶりに会いに行ったら殴られた。でも、全然痛くなくて、でも心はすごく痛かったのは今でも覚えている。それから僕は稼いだお金は親孝行に使ってきた。僕と実家の貯蓄で建てた墓に今日も母はお墓参りをしていると思う。
 僕はあの日からずっと、セレナの意思を継いでいる。アニメやネットにはない面白さがある。やりがい、というヤツか。一年間通いつめて、職員として受け入れられた時は本当に嬉しかった。二十五になってようやく定職につけたことよりは、素直にやりがいのある仕事に就けたことの方が喜びだった。
 セレナが居なくなった。世界が切り取られたように、忘れ去られた。強大な喪失感に、僕は泣く涙も無くすくらい泣きとおした。正月の賑わいで、テレビも特番ばかりでアニメもやらず、かといって撮り貯めたアニメややりきれなかったゲームがはかどるわけもない。「ルーイン・サーガ」は今でも僕のお気に入りだけど、一回見たきりだ。
 セレナが消えようが、僕が独りさみしいさみしいとすすり泣こうが、世界はセレナをつれてこない。律儀にも世界様は「毎日」を朝日と共に押し付けてくる。所詮僕は灰色世界の住人。その事実には不変だし、逃げ道もない。前から気づいていたけれど、やっと理解出来た夜があったから、こうしている。
 今日はこれが終わったら、新しく出来た友人と飲む約束をしている。セレナとの一ヶ月とちょっとを語るつもりだ。
「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いしまーす! あ、はい。どうも、ありがとうございます!」


 どこにでもある何の変哲もない、大手居酒屋の前で友人を待つ。酔っ払ったリーマンが居酒屋のキャッチのお姉さんにしつこく話しかけているのを傍観しながら、「ご愁傷様」と心の中で呟いた。かわいそうとは思うけれど、ああやって酔っ払っているヤツは大抵酔っている間は何でも許されると錯覚している。いつまでも大学生気分が抜けないしょうもない社会人。煙草に火をつけて、空に煙を送った。満月が浮かんでいるのを見るとついやりたくなる。あそこにセレナが居る。今だとまるで童話か何かに感じてしまう。セレナが僕の中で希薄になった訳じゃないと思う、思いたい。灰色が僕の心根を侵さないように生きてきたつもりだ。時が経ち、常識に調教されると、どうしても幻想の世界のものだと洗脳されてしまうようだ。
「待たせたかい?」
 街の賑わいには似つかない、作務衣を着た友人がこっちに手を振る。
「そうでもないよ」
「ああ、そうか。じゃ、さっそく行こうかい」
 間違いなく浮いているのだが、僕はかっこいいと思う。流されず自分のスタイルを通す。なかなか出来ることではない。
作品名:二進数の三次元 作家名:明梨 蓮男