二進数の三次元
中に入るとうるさいくらいに元気な挨拶で迎えてくれた店員に席を促された。最初にビールは頼まない。「とりあえずビール」が常識なのが、僕は許せない。友人もそのようで、冷酒を頼んだ。僕は焼酎、タコわさび、軟骨を頼む。
「トーノ、シナリオのほうはどうだい?」
友人トーノはゲームのシナリオライターを生業としている。と、いっても、同人活動の域を出ないのだが、それでも名は広く知られている。本業はフリーター、僕と同い歳。NPOセンターに何故か取材に来て、話が合って仲良くなったのだ。
「あぁ、あれねぇ。もう飽きちゃったかもしれないねぇ、ふふふ。委託先が僕の作風を理解していないと思うのさ。無理矢理なハッピーエンド……、なんてやらないって、何度も言っているのにな」
少々ナルシズムな口調のトーノを話し方が生理的に受け付けない人も居るだろう。しかしそのクセが彼の作家である風格を際立たせている。
「へぇ……、シナリオライターって、エロゲーでも結構シナリオ絞られるんだな」
「エロゲー、だからさ。テンプレートに少し味つけをしておけばいい。あとはいかに女の子を可愛く描けているかだよ。ストーリーは二の次三の次さ。確かにストーリーを重視するニーズもあるねぇ。しかし、それを把握していてもなお、絵に対するニーズは強い」
消費者側の僕でもそれは気づいていた。パッケージ買いという言葉が存在するほど、現行のアニメやゲームにはキャラクターデザインは売れるキーファクターだ。ストーリーがあって初めてキャラが成り立つのに、キャラ重視、声重視の業界のやり口には、僕も憂いているからトーノの言っていることはよく分かる。
「僕の話はどうでもいいのさ。それよりクロセ、君の面白い話を聞かせてくれないか」
身を少し乗り出してまで、トーノは楽しみにしてくれていたようだ。セレナ、ここにセレナに興味があるヤツがいるってよ。
「さっそくか。そう急かすなよ」
「クロセには悪いけど、今日はクロセが一方的に話す日だ」
退路は釘を打たれて断たれてしまったようだ。仕方がないから、お冷で喉を潤す。
部屋に今もある、セレナの作った募金箱と、着ていたサンタクロースの衣装を目蓋の裏に浮かべた。まず、あの引っ叩かれた日から話すことにしようか。