二進数の三次元
キリスト教徒でもない奴がうんぬん、サンタはいないかんぬん。そんな行き届かないことしか浮かばない去年の僕をぶっ飛ばして、肯定だけしておいた。僕にとっては忌々しいクリスマスさ。皮肉なことにこの日にセレナを失うのだから。
「ごめんね、私、サタローのこと不幸にするね」
僕の顔を見ずに眼下の街に呟いた。
「……大丈夫だ」
本当は大丈夫じゃないから、僕も街に呟いた。二人して押し黙る。寂お茶が冷めるくらいに僕らはただただ長く街を見ていた。愛を謳歌する時間も与えられなかった僕らの短い恋路は今日、あの街で終わるだろう。
「もう時間だ」
「そっか」
あとは、セレナのしたいことを存分にさせよう。
山沿いの旅館を後にした僕らは最寄りの駅まで歩くことにした。ちょっとした観光名所であるこの一帯は、県外から来る人から見れば新鮮だろうけど、同じ県民であるバイト先の人たちにお土産としてあげるのは喜ばれない。しかし、何も買っていかないのは、休ませてくれたバイト先のメンバーに申し訳ないし、電車内で食べるためにも買っておこう。セレナに選ばせると手荷物が増えに増えるから僕が選んだ。
強い風で止まってしまうくらい足が弱いワンマンの私鉄電車に乗る。田舎の風情ある昔ながらの私鉄ではなく、観光地の線路として急造したような間に合わせの私鉄。ボックス席などない、かといってたくさん人が居るわけでもない。ほとんど貸切所歌だったので人目をはばからずお土産、もといは早めの昼飯を食べる。そこらへんの売ってるようなまんじゅうとかせんべいとか。案外腹が膨れるものだ。お茶が欲しくなるね、と笑いあう。散々さっき飲んだのにね、と。
窓を流れる木々たちを、セレナは子供のように食い入って目を凝らす。たまに何かを見つけてははしゃいで僕に知らせた。その様子を微笑んで見守る。
電車に乗り換えてからは人目も気になってかセレナは大人しくしていた。流れる風景はさっきと打って変わって変化のないコンクリート乱立地帯。クリスマスだからか息が詰まりそうな車内は今日に限って甘ったるい。カップルが多いのだ。向かい側の男がセレナをまじまじと見て、僕を見た。不服そうだ。気持ちは分かる。僕もお前だったらそう思うさ。僕には不釣合いな女だよな。他のカップルの女なんか、比べるのもおこがましいと思えるほどにね。男共の羨望を一身に集めて、僕とセレナは別れに向けて電車は走っていく。
セレナはそろそろ降りなれた駅に昼過ぎに着く。NPOセンターには夕方前に着けばいいことになっているが、その美貌と快活な性格なおかげでスタッフと仲良くなったセレナは、半ばセレナを仕事仲間のように接してくれるのだった。僕を見て、「今日は彼氏さん連れてきたんだ」とはやし立てるおばちゃんが居て、早速居づらくなるのだけれど、
「そうなの、私よか役には立たないけど、クリスマスだし、カップルでボランティアするのもいいかなって」
恥じることもなく、セレナは当たり前のように言ってのけたのだ。するとスタッフの皆は顔を見合わせてから一呼吸置いてドッ! っと沸いた。セレナを祝福するスタッフたち。そして、僕には恨めしそうな音子供の眼が向けられている。
(僕だって付き合えると思ってなかったんだ……)
どうせ、何でお前なんかがとか思っているんだろう? と卑屈になるけれど、そんなもの僻みだ、と心に念じておけばいいだろう。セレナも僕も嬉しい束縛から解放されて、いつの間にかスタッフの人たちと一緒になって、今日のボランティアの支度をすることになっていた。当日説明の為の会場セッティングを、僕らに気を遣ったのかセレナと、セレナの仲のいいスタッフでイスや机をそろえることになった。
イスの数を見ると、この前見たときより一目見て少ない、と分かる。そりゃクリスマスだもんな、と同情しつつもキリスト生誕日でデートするくらいなら、隣人に無償の愛を尽くすキリストのように慈善活動の一つくらいやってもいいんじゃないかと皮肉をつきたくなる。
「サタロー! 列がズレてるんだけど!」
「へ? あぁ、そうか……、っていつセレナにあわせることになってたんだ」
「最初私が並べたイスは私のじゃん。それくらい勘付きなさいよ!」
「言われなきゃ分かんねぇよ」
僕達がみっともない口論している間、生暖かい空気を肌でぬるりと感じたので、逃げるようにして僕が折れた。やっかいな空気に背を向けてイスを並べ直す。セレナはもういっぱしのボランティアスタッフみたいだ。僕なんかよりも早く社会に順応出来ている。数回しか会っていないスタッフとあんなにも仲良さそうにしている。あまりにも日常に馴染めている風景にセレナは神様じゃないのではないかとさえ思えてしまう。別れが確定してから二週間と一日、もしかしたら、と期待をするが皆既月食の日に予知し、二週間後の新月の今日、月の女神が一年の終わりの月とともに消える。邪推ながら核心をついている気がしてならない。どちらにしてもセレナがボランティアをやりたいのなら僕はそれを全力でさせてあげるだけだ。会場のセッティングが終わると、今度は台紙の募金箱作り。小学校の図画工作を彷彿とさせる安っぽい作りだ。セレナは大雑把だと想っていたが、僕に自慢気に作り方を教える。
「こう切っていって……、ここで、折り目をつけて……」
(ほらっていうか、やり方書いてあるけど)
カラー台紙に丁寧に「山折谷折」の説明書きがあるし、セレナが作っていく募金箱はどうにもよたよたして頼りない。指摘するのもかわいそうなので、僕はそれを半ば無視しながら作っていく。
「えっ」
ものの一分もないうちにセレナが作ったものよりも早く上手に出来た。もともと手先は器用だし、プラモにハマっていた時期もあったからか、こういうのは得意だ。こっちも得意気に返してやるとわなわなとセレナは嫉妬に震える。どうやら火をつけてしまったようだ。
「なんなのよ……。そんなに自慢したいの? 私最近になってようやく出来るようになったのに……」
セレナの努力を嘲ろうとやったわけではなかった。可愛そうなことをしてしまったと、謝ろうするが、
「教えなさいよ、どうやったらそんな上手くできるの?」
懇願しながら脅してきた。その必死さについつい笑ってしまった。
「何がおかしいのよ。もう、こっちは全然出来なくて、やっと出来たと思ったらサタロー、さらっとやっちゃうんだもの、やんなっちゃう」
素直じゃないその姿に、素直なセレナを垣間見る。顔に出ている。うつむいたって逆効果だ。
「はいはい、分かった。いいかい、まず、ここから切ったほうが他の所を曲げずにすんで―――」
僕のはさみを凝視して、それに習うセレナ。折り目をつけて、ノリでくっつけて。前のものより上手に出来てとても喜んでいた。その笑顔がもっと欲しい。
ボランティアの時のセレナはどのセレナよりも活き活きしている。きっかけは贖罪。しかし、そんなことはとうに忘れてしまっているかのようだ。もちろん忘れているはずがない。初めて行ったあの日、あんなに怯えていたのだ。必死に恐怖と戦っている。見つかればタダではすまないのに、あえて大声で慈善活動にいそしんでいる。