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明梨 蓮男
明梨 蓮男
novelistID. 51256
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二進数の三次元

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「とっくに気づいてたんだろ」
「うん、だから余計に……、悲しくなるんじゃない」
 月の女神様は、雪山のか弱い白兎になってしまわれた。肩を縮こませて体育座り。足の間に頭を挟む。
「どうせ気まぐれよ、その気持ちは」
 迷える子羊を諭す神のように諭す言の葉、しかしその色は切ない色。本音はどっちなのか。
「私ってば可愛いし、性格もいいから、そりゃ気にならないわけないよ。でも、そんなのってただの幻想よ。サタローがやってるゲームと変わらないわ。その時だけよ」
 愛だの恋だの謳歌しているだけでその真理を求めない、そんな奴らが次の想い人を求める世界だ。確かに、神の前では人の気持ちなど泡沫のように脆い。でも、神が創られたのだって人の幻想じゃないか。こじつけかもしれないが。
「……うるさいな、関係ねーよ」
 言ってみても統治みたいにカッコつかない。僕はこの心に在る気持ちが僕を変えると信じたい。だから言おうって思った。僕を変えたセレナが、そんなこと言うなよ。
「セレナがいつ行っちまうとか、神様だとか、気持ちがどーのこーの、そんなのは! 関係ないんだ。じゃあ僕の気持ちはどうなる。僕は僕を変えたいって初めて思えた。セレナに協力したいって思ったんだ。セレナは偽者だと、幻想だと思ったのかよ」
 一気にまくし立てたらセレナに響いたのか分からないけれど、セレナは足の間から抜け出した。僕を見た。
「そんなわけないじゃん……」
 そうだろ、そう思った。ここに帰ってきてくれた時、セレナが僕にそう思わせた。しかしこの想いさえ幻想なのだろうか。やはりどうしたって世の中の灰色のデクと同じような、現実に理想を焼き尽くされる運命なのか。違うさ、僕は逃れるんだ。
「セレナが消えちゃうって知ったからじゃない」
 諦観と消極が僕を引きずろうとする。助けてほしい。でも、自分を助ける真理は他でもない、自分だ。戦うしかないんだ。そして勝ち取るんだ。変わった自分を。なけなしのひ弱い勇気を示すよう、体半分、セレナに寄る。そして言う。
「セレナに知っていてほしいから……。一緒に居たいって」
 消え入りそうにかすれた声は、強く伝わるか。
「僕にないものを、セレナが与えてくれた。それは、ずっと、ずっと僕が欲しかった。けれど、ずっと自分と向き合わなくて、逃げて逃げて。怖いんだ、こんな自分と向き合うのは。でも、こう思えた、言い出せた今なら」
 パンッ!
 何をされたのか、慣れた僕でも理解に時間が要る。頬がひりひりする。セレナは真っ直ぐ僕を見据える。瞳が涙であふれている。
「はっきり言ってよ、男でしょ」
 やめろ、なんで。なんでそんなに。辛そうに笑うなよ。そんなのってねぇよ! 叫びと痛みをセレナにぶつける。体全部使って伝えるために抱き寄せた。
「好きだ。僕が伝えたかったのは、これなんだ」
 くそ、くそぉ……。言ってて情けなくなる。好きな女を傍に置けないような男が何を言っていやがる! 悔しくて涙が出てきやがる。こんなものでセレナを救えるとでも思っているのか!
「バカ……。ありがと。私も、好き」
 神様、どうすればセレナは神様を辞めれますか? 無力な僕らを救わないようなあなたは、何か僕に教示を述べますか? 納得いく答えはありますか。僕らが涙を流さない世界はありますか。
「何が出来る? 僕はどうすればいい?」
「………。バイト辞めてよ」
「バカ、飯食えなくなっちまう」
「もう、冗談よ」
「やめろよ、そんなの。……本気にしちまうだろ」
「じゃあ……、さ。消えるまで傍に居てよ。もう、こんなこと言わせないで」
 消えるまで……。その言葉どれほど辛いか。
 そばに居てよ……。その言葉がどれほど欲しかったか。
 こみ上げてくる嗚咽は行き場を失った。悲痛な叫び。うれしいのに、何故こんなに苦しい。伝わった想いを喜べばいいのに笑顔は作れない。この頬に流れてしまった涙は、止まらない悲しみは僕とセレナを繋ぎとめるための唯一の感情だった。




 外は明るく鳥は幸せを謳歌する。今日はクリスマス。
 僕の枕元にはプレゼントはないけれど、セレナなら隣にいる。あまり直視出来ない。布団から少し出ている肩が艶やかに呼吸で上下している。起こさないようにゆっくり髪を撫でてみると、案の定セレナは起きてしまった。眠気眼で僕を確めて、僕の頬にキスをした。その照れた顔に微笑みかける。今日くらいはこうしていてもバチはあたらないはずだ。そう、今日は―――。
 セレナと過ごす最後の日だから。


 クリスマスに旅館にくる若者というのは少ないみたいで、だいたい壮年、もしくは老夫婦がちらほら居た。そりゃそうだ。若者の皆様は栄えた街でクリスマスツリーを見上げて、それからディナーを食べて、いいムードでホテルに行くのが定番だろう。街の騒ぎから離れるのは落ち着きたいからかもしれない。あと、僕にはそういうのは似合わないかも。
 でも賑わう街に今日僕らは行かなくちゃならない。朝風呂に別れを惜しみながら入っておく。部屋に帰ると女将さんが朝ごはんを用意してくれている最中だった。布団はいつの間にか片付けられていて、一人だけで手持ち無沙汰になる。セレナもどうやら温泉に入っているようで姿が見えない。にっこり会釈して女将さんは出て行った。先に食べているのもなんだから待つことにする。一分二分が長く感じる。こうしている間にもセレナは消えてしまうんじゃないか。不安が常に駆り立てると、たとえ捕まってもいいから女風呂に突入したくなる。そんなことしなくてもやはりセレナは帰ってきた。今日のボランティアに気合が入っているみたいで、もう私服に着替えていた。
「もう料理来たんだ。昨日頼んでおいて良かった」
 濡れた髪がつややかに光る。ドライヤーで乾かしていくとシャンプーの香りが和室の部屋に広がっていく。この日常も協で最後だと―――。いや、止めろ。もう悲しんだり、悔やんだり、ましてや思い出にする準備なんて。
「知らなかった。気が利くね。大食いセレナさんはもうすきっ腹ですか」
 ドライヤーのうるさい音が止まってもセレナは聞こえてなかったのか、ずらりと並んだ朝食を見渡す。
「あのー」
「もう、態度で分かりなさいよ! いただきます!」
「え、あ、いただきます」
 無茶な要求に混乱されながらもいただきます。お味噌汁がおいしい。小松菜おひたしも味付けがちょうどいい。セレナは朝の風情だとか味付けなどには興味なさそうに男顔負けで喰らいついている。
 窓辺のイスに座っているセレナが食後のお茶を飲んでゆっくりしている。その間に僕は洗面台でヒゲを剃って、着替えようと浴衣を脱いだら鏡に映った鎖骨にセレナのキスマークがあった。いつの間にされていたのか。大事に愛しんでトレーナーを着る。戻るとセレナがお茶を淹れてくれていた。小じゃれたラウンドテーブルを挟んで二人外を見る。山並みから見下ろす街は白く染まっていない。ホワイトクリスマスなんてそうそうあるわけじゃないが、期待してしまう。クリスマスなどと無縁だった去年の僕は今の僕をどう思うだろうか。
「サタロー」
 不意に名前を呼ばれた。セレナは視線を窓の向こう側に留めたままだ。
「今日、いろんな人が幸せなんだね」
「そうだな」
作品名:二進数の三次元 作家名:明梨 蓮男