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明梨 蓮男
明梨 蓮男
novelistID. 51256
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二進数の三次元

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 やはり、今日帰りに乗った電車の中に追ってきた「あいつら」がいたようだ。セレナに事実を聞いてみると、その通りだった。セレナがその一人を見つけてしまったのだ。向こうはセレナに気づかずに耳を塞いでいたようだ。ようやく少しの平穏を感じていたのに、嫌でもこの間のセレナを思い出してしまう。電車の中のセレナは思い返してみれば、見つからないように体を縮こまらして目を閉じて息を潜ませていたんだ。他人の視線を恐れているのに、目を閉じてしまうと全ての他人の視線が怪しく、猜疑の念が押し寄せてくる。早く着け、早く着けと祈っていたに違いない。だから、僕はもうセレナは外に出ないんじゃないかと思っていた。
「でも私、まだやってみたい」
 泣きじゃくった翌日には、いつものセレナに戻っていた。気丈に振舞っているのが見え見えだったけど、その強がりのせいで僕は首を横に振ることが出来なかった。だから、行くときは僕のケータイを持たせておくことにした。電話帳にはすぐにバイト先に連絡できるように「あ」で登録しておいた。バイト中の今、僕はもちろんケータイを持っていない。今日ももちろんセレナに持たしてある。安心なことに未だバイト先の電話は鳴っていない。
(やはり一人で行かせるべきじゃなかったかな)
 心配で心配で仕方がない。セレナはあの風貌だから駅前で突っ立って大声出していたら嫌でも目立つ。それをセレナも分かっているはずなのに。
「クロセさん? クロセさん休憩ですよ」
 例の面倒女が肩を叩いてきた。隣に立っていたことにすら気づいていなかったからびっくりしてしまった。
「今日はぼーっとしてますね。前もぼーっとしてたし。何かあったんですか?」
 相変わらず面倒だが、話をちゃんと聞いてくれそうなメンバーだ。歯には歯を、女のことは女に訊く。分の悪い賭けだがしないよりましだ。今は少しでもこの焦燥を紛らわしたい。
「ちょっと……、えと、その。実家の妹がストーカーにあってるみたいで。外に出るのが怖いらしいんですが、今日どうしても外に出かけないといけないようで。心配なんですよね」
 セレナのことは隠しておきたい。居もしない妹に立て替えて相談してみる。
「怖いですねー、警察っていうのが一番手っ取り早いかもだけど。実際捕まえるまでが長いらしいですよ。ストーカーの詳細が分からないとどうしようもないんだけれど……」
 セレナには住所もなければ国籍もない。警察に頼ろうとすると密入国者として扱われる可能性も無きしもあらず。極力自分の力でなんとかしたい。しかし『たかちゃん』のことならセレナは分かるだろうが、「たかちゃん」が捕まると同時にセレナも窃盗犯で捕まってしまう。
「そうなんですか……。ありがとうございます。妹と話してみますね」
 これ以上話しても解決は出来ない、そう思った。女は悪くない。むしろ気づくきっかけになった。きっと答えはセレナと僕の間にある。鳴らない電話に恐々とするのは変わらないけれど、幾分かは気もまぎれた。
(今まで面倒女と心の中で呼んでいてすみません、今度からちゃんとコウノさんにします)
 今までの無礼を面倒女、改めコウノさんに心の中で謝罪して、業務に戻ることにする。


「お腹空いた。早く作って」
 帰って来るなりいきなり玄関まで来て、仕事終わりの人間に対して辛辣に言い放つセレナ。普段通りすぎて一気に心配など吹き飛んでしまった。いや、迎えにくるのは初めてかもしれない。
「はいはい」
 生返事でたしなめて、ミートスパゲティを作ることにした。いい料理はないけれど、インスタントよりは手作りのものを食べさせてあげたい。
「手伝わせてよ」
「えー、それなら、パスタ茹でるから吹き零れそうだったら火を弱めてくれ」
「おっけ」
 セレナは例の件を思い出してから料理を手伝ってくれるようになった。今更料理を覚えても、と思う。まぁ、パスタなんて茹でてソースなんかは市販のものを使えば誰でも作れるから、たいしたものでもない。もし僕に恩返ししているつもりなら、とても嬉しい。あんまり期待はしないでおこう。僕は僕で簡単なサラダを作る。これならセレナに目を配りつつ出来る。沸騰するお湯でさえ悪戦苦闘しているセレナ。息を吹きかけて静めようとするけれど、その勢いは止まらず吹き零れる。きゃ、と小さく悲鳴を上げて火を消してしまう。
「あーあ、中火より弱いくらいで……。こんなもんか。吹き零れそうだったらこのつまみを左にちょっと回せよ」
「あ、うん」
 珍しくも僕の忠告を受け入れたようで真剣に鍋を見つめる。
(もっと時間があるならな)
 ふと、叶わぬ風景を思い浮かべた。二人で料理を作っている。セレナはもっと上手くなっていて、ご丁寧にもセレナが作っているのは肉じゃがだ。僕は隣で感極まっているのを不器用に隠しながら副菜なんかを作っていて―――。思えば思うほど儚いものだ。タイマーのけたたましい音で簡単に打ち消される。せめてパスタの茹で方くらい教えてあげる。
「いいか、このザルを出しておいて。火傷しないように。鍋を持って……、そう、そうしてザルに流すんだ。気をつけろよ、流し終わった後はザルが熱いから……」
「あっつ!」
「言わんこっちゃない」
「もっと早く言ってよ!」
 よっぽど熱かったのか耳たぶをつまむセレナ。このくだらない日常のやり取りは当然のような出来事なんだろうな。
「おー、分かったからセレナはコップを運んでください」
 一気にいろいろ教えても覚えられないだろう。セレナはしぶしぶどいて言われた通りにコップを運んでいった。別に温めておいた自家製のミートソースを適当に盛り付けて大皿で持っていく。
「いただきます」
 持って行ったらすぐにセレナが待ち構えていた。すぐに食べ始めた。いつものセレナ、だ。僕に心配をかけない為だと思う。少し自惚れているだろうか?
「いただきます」
 手を合わせていただきます。ここもセレナに教えるのか? それはやりすぎだろうな。そんなことよりも訊きたいことがある。聞くタイミングを探りながらフォークで麺を巻く。
「今日、あのアニメなんじゃない? あの……、なんちゃらサーガ」
 口に含みながらセレナは言った。
「あ、そうだったな」
 どう切り出そうかとしていた僕は適当に流してしまった。
「どうかしてるじゃん、大好きなアニメなのにー。放送日忘れるなんてらしくない」
 からかってくるセレナにお前のせいでもあるぞ、と言えば切り出し易かったか。もう言うタイミングは逃してしまった。訝しげにセレナは僕を見つめながらパスタを頬張る。口元のソースに見とれている場合じゃない。
「今日のボランティアはどうだった?」
 セレナがここに居る、ということはおそらくあいつらには会ってはいない、ということだ。過ぎた心配は迎えにきたセレナを見て薄くなった。が、セレナは気丈に振舞うところがあるから、少しでも挙動を見ておくべきだ。
「うん、今日も楽しかったよ。スタッフと仲良くしてたら名前覚えてもらっちゃった」
「おお、そうか。よかった、ちゃんとやってるみたいで。次はいつなんだ?」
「来週の火曜日だって。土日は出来ないらしいからないって」
作品名:二進数の三次元 作家名:明梨 蓮男