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明梨 蓮男
明梨 蓮男
novelistID. 51256
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二進数の三次元

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「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いしまーす!」
「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いします」
 二人で駅前の視線をこっちに集める。やはりまだ恐怖はある。でもそれは気にしない。もう会わない赤の他人だ。痩せた考えだけど僕の緊張は緩和する。
「ご協力ありがとうございますー!」
「ご協力、ありがとうございます」
 その他人が、僕らとどこかの誰かを救ってくれる。笑顔は返ってこなくとも、それでも、やる気力は自然と湧いてくるのだ。
「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いします!」
 僕らのじゃない。触発されたのか、他のボランティア員も声を張って、笑顔で行き交う人々に声をかけ始めた。僕が他人に影響を与えるだなんて思っても見なかった。多分セレナの影響のほうが強いだろうけど。なんなのだろうか、この暖かく包まれるような心地は。
 僕はセレナに微笑みかけた。勝手に笑みが溢れてきたのだ。セレナもちゃんと返してくれた。はじける輝きに、不意にときめいてしまう。僕はどうしてしまったのだろう。純粋な理由で明るい気持ちになるなんて僕らしくない。
「赤い羽根共同募金に、ご協力お願いします!」
 誰かが言えば、継いで誰かが言う、誰かが募金してくれれば、また違う誰かが募金をしにくる。見知らぬその場限りの他人でもこの一瞬につながりを感じられる。他人とのつながりを忌み嫌い、遠ざけていた僕は打ち震えていた。
(あ、あれ……)
 目頭が熱くなる。ぐにゃぐにゃと視界が揺らぐ。いい歳こいて衆目の前で泣くわけにはいかない。
「どうしたの?」
 すぐにセレナが気がつく。気づいたのがセレナだけでよかった。
「なんでもねぇ」
 声まで揺れていやがる。恥ずかしくてうつむき涙を拭く。セレナの心配を振り切って大声を張る。
「赤い羽根共同募金にご協力お願いしまーすっ!」


 終わった後ペットボトルを支給された。四時間太陽の下に居たとはいえ、寒空のなかで立ちっぱなしだったのだ。ホットのお茶が染み渡る。思わず握り締めると隣のセレナも同じようにしていた。
「今日寒かったですねー」
 セレナが駅前面子の一人のお姉さんに話しかけた。お姉さんはそうねぇ、と一言、お茶を飲んで続ける。
「でもお二人が熱かったから、そうでもなかったわよ」
 いたずらっぽくお姉さんが言うので、ちらほらとこっちに生暖かい視線が集まる。
「ち、違います! そんなんじゃないです」
 全否定するセレナを傍目に僕はベタな展開の存在を確認した。
(バカだなぁ、逆効果だよそれじゃあ。ほら、そんなおっきな声で否定するからいらない視線まで浴びるハメになったじゃないか)
 当事者に含まれているはずの僕だが、完全に傍観を決め込み何も言うまいと一文字に口を閉ざしていたのだが。
「もう、信じてくださいよ! ほらぁ、サタローもぼぉーっと突っ立ってないで何とか言いなさいよ!」
「なっ!」
 定番も定番だが、とんだキラーパスをしてくれたものだ。くすぐるような視線の集中放火が飛んできている。当然のことで逃げ場を探せど見当たらず、言い訳を作ろうにも追い詰められる。思考はクールにしていたつもりだが、いざとなるとガラスの心は簡単に軋む。
「え、あ、そのぉ……。セレナは、ともだちです!」
 しどろもどろの言葉は方向が定まらず、なんとも気の抜けた返事になってしまった。さっきセレナを小馬鹿にしておいて自分も大きな声になってしまった。
「プッ、そ、そうなの? でも二人お似合いだと思うんだけどなぁ」
 暑い、顔が暑い! なんだこのお姉さんは。僕を体温上昇で殺す気か。穴がないからマントルまで掘り進めてしまおうか。恥ずかしさの二重苦に板ばさみで僕の脳は茹で上がってしまった。
「もう、からかわないでください」
 セレナがついに業を煮やした。するとお姉さんもやりすぎたと思ったのか、ごめんね、と謝って追求は止めてくれた。その印にクッキーを箱ごと貰った。
 集合の点呼がかかって、今日の苦労をスタッフ達ににねぎらわれた。いくつがあった拠点からの合計は約百万強だったそうだ。ちらほらと声が上がり拍手が広がった。僕は素直に拍手出来なかった。僕は僕のためにやったのだ。どこかの誰かが不自由だろうと知ったことか、そんな風に思っている人間だ。そんな人間がここで拍手するのはとても不誠実だ。隣のセレナは嬉々として拍手している。当初の目的の罪滅ぼしなど忘れてしまったかのように無垢な笑顔。その笑顔の手前、小さく拍手をしておくのだった。
 帰り道、どこかで食べていくかと聞いてみるが、セレナは断った。
「外食なんかしてたら、お金なくなっちゃうよ」
 なるほど、働いたことがあればお金のありがたみが分かるわけだ。真っ直ぐ家に帰ることにする。電車の中ではちょうど二人分空いていた。座って何か話そうとするけれど、セレナは疲れたのか、目を瞑って寝てしまった。各駅停車に乗ってしまったので、ゆっくり寝かしてやる。イヤホンで車内の喧騒を消してケータイで時間を潰す。ふと周りを見れば、目の前の高校生は単語帳の文字を追い、大学生くらいの女は死んだ目を伏せている。すぐそこには灰色の風景―――。まだ夕日に照らされたビルが流れていくのを見たほうが暖かい。三十分ほど経ち、いつもの駅で降りる。寝起きの悪いセレナでも電車の中ですぐに起きてくれた。人並みがプラットを埋める中、セレナは早足で先へと進んでいってしまう。見失わないように、他人の合間を縫ってセレナを追う。ようやく改札口で追いつく。
「どうした」
 息を切らしながらセレナの肩を掴むと、跳ねて振り払うように振り返った。僕の顔を見て刹那に見せた緊張を解いた。それだけで察しがつく。
「おい、まさか。いたのか?」
 寝ていたのは、もしかして視界の中に「あいつら」が入らないようにしたかったから?
「早く、帰ろう」
 僕からそういうと頷いた。それだけで充分な返事だった。帰路を急ぎ、引っ張った手はやはり震えていた。ずっとつけてきている? 後ろを確認するが人影は見当たらない。カーブミラーも見るが、やはり居ない。セレナの話では駅までしか足取りは掴まれていない。しかも、セレナはあれから外出していない。ストーキングは考えにくい。とりあえず、今は家に急ぐしかない。
 ようやくたどり着くと、セレナは靴を脱ぎ捨て居間のソファに体を投げた。呼吸が荒い。すすり泣いているようだ。声はかけずに、ホットミルクでも入れながら落ち着くのを待つ。深呼吸をし始めたあたりで、ホットミルクを持って様子を見る。
「大丈夫か?」
 泣きつかれたのか、うつろな目で僕を見る。マグカップを愛おしそうに持って、口へ運ぶ。安心したのか呼吸が穏やかになったのだった。

作品名:二進数の三次元 作家名:明梨 蓮男