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明梨 蓮男
明梨 蓮男
novelistID. 51256
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二進数の三次元

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 うれしい妄想を展開する間もなく、ビンタ一発。けれど、今までのビンタよりはあんまり痛くない。触れるみたいなビンタだった。
「ちょっと待てって。まだ七時だろう?」
「だってサタローお昼分しか置いてなかったじゃない!」
「豚汁が残ってただろう」
「私が火を使っていいの?」
「あぁ……」
 僕の落胆と敗北のため息を切れ目に、セレナは勝ち誇った。
「ね? 賢いでしょう? いいから作ってよ」
 ツン、と背を向けて居間へ戻っていくセレナ。昨日の衰弱っぷりはどこへやら。すっかりもういつもの強いセレナに戻ってしまった。残念ではない。むしろ嬉しいくらいだ。普段のセレナは勝気で、横暴で、でもどこか脆くて消えてしまいそうな奴だ。かわいこぶったり、人から恐れることはない。
「今日はどうしようかなぁ……」
 ひっぱたかれながらも、冷蔵庫を開けて今日のメニューを考えるあたり、自分でも健気に思える。あまり物が多いな。野菜もあるし。
「今日は野菜炒めとギョーザでいいよなー?」
 台所の向こうのセレナに投げかけたメニューをセレナは二つ返事する。
「今日は……、どうしようかなぁ」
 よろしく、ってやっぱり手伝ってくれないんだなぁ。分かってたから、嬉しいやら悲しいやら。下手されて台所を荒らされるよりはいいけど。ため息を一つ、ついたところで料理しよう、と思ったその時。
「ねぇ、私も作る」
 近くで声がして、驚き振り返る。いつの間にかセレナが居たらしい。
「おー、ん、んじゃ簡単な冷凍ギョーザをやってほしい」
 やっぱりセレナは変わりつつあるのかもしれない。僕への罪の意識か、それとも「二週間」への罪の意識か。もし、前者の意識ならば、それは今すぐ捨ててくれていい。
「セレナ……」
「何? 今集中してるんだけど」
「集中って……。セレナはタイマー鳴ったら皿に移せばいいだけじゃん」
 飽きれてしまう。真面目な話をしようと思っていたら、いつもの調子だもんな。でも。これでめげてはいけない。いつまでたっても話せない、咳払いして気持ちを切り変える。
「セレナ……、ボランティア、してみないか?」
 セレナのために言う。少しでもセレナの自己嫌悪を拭えないかと考え付いた案だった。当のセレナは僕の顔に穴が開くくらいまじまじと見ている。
「それって、該当で募金したりするヤツよね」
「そうだな」
 声の温度が急激に冷えた。セレナは外に出ることを極端に怖れている……? 十分な事実を僕は知っている。よぎった予感はきっと間違えていないはず。しかし、セレナの気持ちを察っせるからこそ、僕はセレナに罪滅ぼしをさせてあげようと思っていたのだ。
「え、っと。どうしようかな」
 目線を泳がせて言葉を濁した。外に出るのはやはり嫌か。
「んー、まぁ、ボランティアっていうのは自発的にやるものだからな。迷ってるくらいならやんないほうがいい」
 もっともらしい理由をつけてやんわりと話を流そうと思ったが、挑発的な物言いになってしまった。やはりセレナは一瞬ムッ、と顔をしかめたがすぐにしぼんで目を伏せる。
「また今度にすっか。ほら、そろそろタイマー鳴るぞ」
 ピピピピ、と鳴ったタイマーは僕が止めを刺して、セレナにギョーザの調理―――というよりただフライパンから皿に移す作業なんだが、やるように促す。物憂げなセレナはあわてて調理、いや作業にとりかかる。
「じゅわじゅわ言ってるー」
 フライパンから皿に移す簡単な作業だというのに、何を驚いているんだか。野菜炒めを放っておいて、セレナの手伝いをしてやる。危なっかしくて見てられない。結局その作業も僕がやる羽目になる。
「全く、どっちが手伝ってんのかわからねぇな」
「出来たし! もう仕事取らないでよ!」
「じゃあお前は皿とかコップとか出しとけよ」
「お前って言うな!」
 晩飯の用意だけで、ここまでにぎやかになるなんて。ついこの間までの廃れた晩飯が嘘のように活気に満ち溢れている。会話があるだけでこんなに楽しい。ご飯をよそって牛乳や野菜炒めを居間に持っていかせる。
「いただきます!」
 全て揃うやいなや、セレナは晩飯にがっつき始めた。いつもの食いっぷりだ。お腹空いていた、とか言っていたからか、とても嬉しそうだ。勢いの早いセレナに僕の分が奪われないうちに、自分の小皿に自分の分を移す。するとセレナが顔を真っ赤にしご飯粒を飛ばされる勢いで怒鳴る。
「何勝手に取ってんの! それ私取ろうと思ってたんだけど!」
 不当な要求に屈せず、半ば自慢に鼻を軽く鳴らす。
「そんなペースだったら僕の分がなくなっちまう」
「そんなに大食漢じゃないもん」
 もぐもぐしながら喋る口から出る言葉か、それは。
「飲み込んでから喋りなさい」


 食い荒らしてご満悦なセレナは、食休みなのかソファで寝転がっている。片付けもしない。もとより期待など、いいや、前例があったからちょっと期待はしていた。肩を落として片付けることにする。食器を運ぼうとすると、ふとセレナが言う。
「ねー、サタロー。なんかキーンって聞こえない?」
 間延びしたセレナの問いに、僕はため息をつきながらも、PCや、その周辺機器、家電なんかも調べてみるが、機動音ではない。大体僕には聞こえない。
「やーだ、サタローったら老けてきたんじゃない?」
 とからかわれたので、解決するのをやめた。片付けが終わるまでは無視してやる。皿洗いしている間、セレナから話しかけてくることはなかったので、僕の目論見は空振りに終わった。
「おーい。食った後に寝たら牛になんぞ」
「………」
 寂しくなって冗談を返してもセレナから反応はない。逆に無視された。悔しい。
「聞いてんのかー?」
 もしかしたら本当に寝ているのかもしれない。致し方ない、皿洗いを再開。見たい情報がネットでアップされるから、とっとと片付けることにする。手馴れたものですぐに終わるが、シンクの汚れが目立った。特に三角コーナーが汚い。掃除用のタワシで綺麗にしてから僕はお風呂にお湯を張る。今日は昨日みたいなことがないように、しっかりと覚えておこう。
 居間に戻ってPCの電源をつける。聞こえてくる電子音は耳鳴りには聞こえないし、内外耳の気圧差ではないことはあくびで分かった。原因を考えているうちにホーム画面になった。ブラウザを開いて、さっそく目当てのページへ。
 少ししたら風呂のタイマーが鳴ったので、先に風呂に入ることにする。セレナを先に入れようとした方がいいのだろうが、どうせ起きないだろう。風呂に浸かってセレナのこれからを空想する。まずあいつには日本国籍はないかもしれない。ちゃんとした国籍をはっきりさせなければ、国の保障も受けられない。それと、セレナの心のこと。こちらのほうが重要かもしれない。今日こそ平気な顔をしていたが、外に出る話をしただけであの反応だ。心の中では、巨大な自己嫌悪と迫る恐怖によって、常にさいなまれているんだ。心の支えになるならば、僕がなってあげたい。きっとセレナもそう思ってくれているはずだ。
作品名:二進数の三次元 作家名:明梨 蓮男