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明梨 蓮男
明梨 蓮男
novelistID. 51256
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二進数の三次元

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 セレナの残したうどんにラップをして冷蔵庫に保存、残った豚汁と麺は別々に作っていたので、麺は冷蔵、豚汁の鍋には蓋をしておいた。それから風呂場の蛇口をひねってお湯を貯める。入れるようになるまで二十分くらいか。居間に戻ると、セレナは眠っていた。お風呂沸かす、って言ったのに寝てしまうとは。今日は久々に風呂に入るか。
「何で……」
 布団でくぐもった声。なんだ、起きていたのか。言いたそうにしているのが分かるが表情はかぶった布団のせいで見えない。
「何でドア開けてくれたの?」
 どうやら後ろめたさを感じているらしい。道理でおとなしいわけだ。寒さのせいだけではなかったようだ。セレナの今日のしおらしさは、そういう理由があったからなのか。
「二回も厳寒でぶっ倒れてる奴なんてセレナくらいだよ。キモいオタクにも道徳くらいあるよ。ただ拾っておけば面白そうだしね。そういや、前は裸だったもんな。それを思えば冷静に対処できたな、うん」
 冗談めいて僕は言ってやった。気を遣っているつもりならば、気にしていないことを示してやればいいのだ。
「なんなのよ……。馬鹿みたいじゃん、私」
 むすっと、しかし、声が明るくなったのを聞いて素直に嬉しくなった。だから、自然と言えた。
「でも……、あのときは僕も言い過ぎたよ。お互い様ってことでな」
「うん、そうね。わたしも、ごめんなさい」
 セレナから素直な謝罪が聞けるとは思ってもいなかった。照れたように深く布団をかぶって消え入りそうな声で謝る。そのセレナの姿は見えずともかわいい。心がむずむずして、そわそわして、どきどきする。
 しかし、そんな甘酸っぱい感情を味わっているうちに僕らの間には言葉がなくなっていた。気まずさと、静かさが漂っている。その場に立ち尽くしてしまった。僕から何か聞くのは、野暮なきがしてしまう。簡単に踏み込んで、また怒らせたらどうしよう。そんなことばかり考えている。今セレナを傷つけることは出来ない。聞きたくても……、聞けない。
「聞かないの……、今までのこと」
 切なげなセレナの声色。零れた問題の核心。言って欲しかった一言だった。
「だって、僕から聞いたらなんか……、あれかなって、思ってさ」
 話をふってくれたにもかかわらず、僕には訊く事はためらわれた。口から出てからでは遅い。ここで、ちゃんと引き出さなくてはいけなかったのに。
「そうなの? 気にならないの?」
 さびしそうに呟くセレナ。布団に包まっている。身を固く丸めて、何かから怯えているようだった。もう逃さない。せっかく与えてくれたチャンスなんだ。
「気にならないわけ……、ない、な」
 本当は洗いざらい聞きたいんだ。でも、追い出したのは僕だ。記憶を取り戻すと約束して、それを破ったのは僕だ。後ろめたい気持ちが出した言葉は歯切れが悪かった。
 セレナは黙った。僕も黙った。セレナは震える。布団をかぶっているはずなのに、震えている。
「あのね、ちゃんと聞いてね。私、頑張るからね」
 布団から抜け出して、声も震わして、ようやく言い切った。ベッドに座ったセレナは、僕に目を向けてくれない。
「この、服はね、『たかちゃん』から、もらったもの、なの……」
 それはもう、忌々しそうに、でも、恐れを抱いた言葉。僕は、ただセレナがこれから話すであろうことを真剣に聞こう。


 私はサタローをビンタして部屋を飛び出してから、その辺をぶらぶらさまよってた。今ならまだ謝ったら許してくれるかな、とか都合のいいこと考えながら。
 けど、この間サタローがくれたおこずかいがまだ残ってたから、残ったお金で暮らしてやろうと思って、この間連れて行ってくれた街へ行ったの。あの、ヤバいお店、「なんたらレンタル」がひっきりなしに流れてるお店ね。そこで私より貧弱そうで、それでサタローよりヤバそうな奴を待ち構えていたの。怒らないで、サタローは自分が思ってるより普通よ。
 待ち構えて何するんだ、って思うじゃない? いわゆるオタク狩りよ。財布ふんだくってやろうって思ったの。私、かわいいから簡単だと思ったのよ。うん、案の定、うまくいった。目当てになりそうな奴に声をかけた。
「すいません、駅ってどこですか?」
 知ってるのにこんな嘘までついて。そいつ、よっぽど嬉しかったのか、どもりながら視線を動かして、なんか呼吸も荒いし。
「こ、こここっちでです」
 いつもサタローと接するより、もっともっとかわいくかわいく、ってイメージで話した。
「アニメとかよく見られるんですか? 私も最近友人に薦められて見てるんですけど、アニメって面白いですよね」
 自分で言っていてかわいいって思ったわ。こんなかわいい声出るんだって、びっくりしたくらい。サタローと一緒にアニメ見ててよかったって思った、初めて。
 私の一言でそいつったらぱぁっ! ってあからさまに明るくなってさ、メチャクチャ饒舌になって、聞いてもないのにずっとアニメの話してるの。なんだか会話を流すのも可哀相なくらいね。ああ、この人話す相手居ないんだなぁ……、って思ったら、一生懸命話について言ってた。一種の慈善事業みたいにね。正直チョロかった。だから、駅について私は言った。
「ちょっとお腹、空きません?」
 それで前サタローと行ったハンバーガーのお店に行ったの。おごってくれる、って言われたとき、もう確信したわ、いけるって。いっぱい注文しても、媚びた猫撫で声でお腹空いちゃって、って言えば満足してた。出来るだけゆっくり食べて、そいつの話も長引くように続けさせてやった。とうとうトイレに行った。しばらく戻らないことを確認して、そいつのバッグを持って店を出た。駅に走って、急行に乗って、なるべく遠くへ行こうと適当に降りた。とりあえず漫画喫茶で一晩明かすことにした。シャワーもついてたから助かった。オタクの財布の中は結構あって、着替えとかを買うお金を抜かしても二週間くらいはどうにかなりそうだった。
 それから私はメイド喫茶とかいうところでバイトしようと思った。オタクが全員簡単な奴らってわけじゃないけど、なんだか性に合いそうだったから。住所はパクった財布の中にあった保健証を使ってね。案外簡単に受かったわ。困ったことに口座が作れないことがあったんだけど、店長は現金払いでもいいといってくれたからよかった。もともと手渡しだったみたいだし、逆に助かったと言ってくれた。
 メイド喫茶のルールを教えてくれたのは、店員、というよりメンバーね。優しく教えてくれた。皆良い人たちばかりだった。メイド喫茶の嫌なところ面倒なところをグチりながら教えてくれたのは面白かったわ。実際その通りだったから。暇だったから、ずっとそのお店で働いてた。メンバーとも仲良くなって家出を装って皆の家を渡り歩いてた。妹みたいに接してくれた……。
 ある日私にお得意様がついた。自称カメラマン、通称撮り専。普通の客とはちょっと違って、結構面白い人だった。オタクってほら、自分本位で話を進めるじゃない? サタローがそうだって言いたいわけじゃないの。本当だよ?
 私働き始めてすぐに結構指名をもらっていたから、きっと、その撮り専、そう、『たかちゃん』のお目に適っちゃったみたいで。
「モデル的なこと、してみない?」
作品名:二進数の三次元 作家名:明梨 蓮男