理由なき殺人
4.胸騒ぎ
溝上は、さっきまでやかましいくらいに喋っていたラジオのボリュームを勢いよくしぼった。
途端に、薄気味悪いくらいの静寂が車内に蘇った。
「ついに流したみたいっすね、情報」
「ああ。すこし早まったかもしれんが……」
溝上は溜息と一緒に、深山から奪ったタバコの煙を吐き出した。
「まあ、情報は一部伏せてあったから、さしたる問題もないだろう」
「さしたる……っすか」
「べつに古くはない。みんな使っている」
「みんなって、警部のような定年まぢかの方たちですか?」
深山はにやにやと愉快そうな笑みを満面に浮かべた。職務中の刑事の態度としては、追試のレベルだ。だが、溝上はそんな深山を嫌いになれなかった。
「おふざけはそのくらいにしておけ。ほら、前を見ろ。車が止まっている」
「……なにかあったんでしょうか?」
言いながら深山はブレーキを踏み込んだ。すでに表情は真剣さを取り戻している。
溝上と深山は車を降り、問題の車に近づいた。
「――誰も乗っていませんね」
深山が運転席を覗き込みながら言った。「鍵もかかっているみたいっす」
「犯人が逃走に使った車は、青か紺の普通車とか言っていたな」
「この車も青ですね。でもこれ、軽っすよ」
「そんなことは言われなくてもわかっている。当然、犯人は車を何度か乗り換えているに決まっているよ」
溝上は、サイドウィンドウをこぶしで軽く叩きながら言った。「問題は、この車の中に誰もいない、ということだ」
「車の主はどこへ行ったんでしょうか。誰か通りがかった人に、乗せてもらったのかもしれないっすね」
「こんな山奥を通りかかるやつなんて、そうはいまい。いま、そんなやつがいるとすれば……」
溝上は意味ありげに言葉を切った。
「まさか、警部」
深山はふたえの細目を大きくした。「犯人だとか言うんじゃないでしょうね。縁起でもない」
「その可能性は比較的高い。通りがかった人物が犯人だという可能性も、この車の主が犯人だという可能性も。そのどちらも、充分ありうる話だ。――さあ、車に戻ろう」
溝上は深山にひと足遅れで車に乗り込んだ。ドアを閉め切らないうちに、深山は車を発進させる。
シートベルトをするのも、もどかしいくらいに溝上は落ち着かなかった。
「さっきから胸騒ぎがする。急ごう」