理由なき殺人
そして――頭痛と耳鳴り。
『この……ひとが……して……僕が……やろうかな……でも……』
なんて言っているのか聞き取れなかった。雑音が入ったり、所々が途切れて頭に響いてくるのだ。どうしてだろう。こんなことは初めてだ。
翔子は隣の男がどんなことを考えているのか気になって、その横顔をうかがった。何事もなかったように、相変わらず人の良さそうな顔で運転を続けている。
本当に人のいい人間なんていない。
翔子は唱えるようにそうつぶやいて、視線を前方に戻した。気のせいか、あたりの景色に見覚えがないように思えてくる。道はこれであっているのだろうか?
それを訊ねてみようと口を開きかけたとき、突然、ラジオの口調が緊迫したものに変わった。どうやら、緊急のニュースが入ったらしい。
『ついさきほど、N県警察署から入りましたニュースです。詳細は不明ですが、同県警が手配する人物の目撃情報を求めている、ということです。手配されている人物は――』
ニュースキャスターの語尾が低く歪んで、唐突に途切れた。
「こんなニュース、あまり聞きたくないな」
男はラジオを切ると、翔子に力なく微笑みかけた。
「きみの言う通りかもしれないね。――人間はみんな、心が汚れている」