No.27
善明はここにきて俺をすっとこどっこいと呼んだ。ことごとく感動を返せ、元最後の良心。
「だから、辛くなったら逃げてもいいから、頼ってもいいんだよ」
ね? と笑った善明は悔しいけどやっぱり心が広い善いやつなんだなと思い知らされる。女泣かせ――この際不問にしてやろう。
あ。真理が善明の言葉に口を開いた瞬間、がらりとあいたのは八組の扉。
「おー季彦じゃん。本鈴なるぞーってミッチーめずらし。おはー」
ごく軽い感じで顔をのぞかせたのは俺の空気の読めない旧友だった。
「え」
「ミッチー?」
初耳のあだ名である。偏屈や自由人より、ずっと良いと俺はおもうけどね。でも俺が呼んだら睨み殺されそうだ。止めておこう。
「変なあだ名で呼ばないでよ!」
「おーそいつのこと頼んだ。久しぶりで緊張しちゃってるのよ」
俺がにやついてそう伝えると、思った通りゆるい返事が返ってきた。そして逃げ腰の無理やり肩を抱くように捕まえる。青ざめた顔の真理が小さく見える。
「え、ちょ、まだ入るとは」
「えー、ここまできたなら入る入る」
「真理、頑張れよ!」
ぐっと親指を立ててみせるがきっと睨まれてしまった。美映と善明は顔を出したそれぞれの担任に呼ばれてこちらに背を向けた。
「うるさい馬鹿季彦!」
「もう馬鹿じゃないもーん」
「もんとか言うな気色悪い」
いつも通りの真理は健在である。よかった。ここまで引っ張ってこれたのが誰のお陰かとか誰のせいかなんて、この際全部どうでもいい。最後に真理が自分で選んだことならそれでいいのだ。俺や善明、美映、クラスメイト達ができるのはそれを手助けすることぐらいだろう。
「お前ら本当仲良いのな、キモいぞ!」
うんざりした顔で口喧嘩――にも満たないけれど――を聞いていた旧友が言う。俺がいつものように「親友だからな」と言いかけたのと同時、けたたましいチャイム。本鈴がなったのだ。でも俺はそれにかき消されそうな小さな声を、聞き逃すことはなかった。
背後で善明と美映が俺に何か言っていた。真理は八組の教室に押し込まれていく。俺はいよいよ廊下で一人きりになって、曖昧な言葉の断片を脳内で再生していた。
「おーい、早く教室入れ―。ってお前凄い顔してるけど大丈夫か」