No.27
「そうだよ俺は季彦だよ。お前俺の名前はじめてキチンと読んだろ」
無理やり体を離し、美映の顔を改めてみると泣きそうな顔で笑っていた。というより半分泣いてるに近かった。
「ああ、本当どうしよう! 季彦ー!」
とりあえず言葉でないらしく俺の名前を連呼している。美映の肩をつかんだ両手を逆につかまれて、無理やり揺すられる。いや痛いです美映さん。
「すえひごっうぇ」
ついにはぴょんぴょん飛び跳ねだした美映が、何度目かになる俺の名前の最中、がくんと後ろに引っ張られた。言わずもがな、引っ張ったのは善明である。まだ少し息が整わないが、さっきよりずっと落ち着いているようだった。
「おお、善明。ってか美映が凄く幸せそうな顔して苦しんでるよ! 襟から手を離してあげて」
ぱっと善明は手を離し、気まずそうに美映の襟を直す。自然な流れで何度か両肩を払うと、自分の襟もついでに直した。
「はああ、なんなんだよもう」
近くで見ると赤い口元はやはり腫れていて、
血がにじんでいた。
「泣くかと思ったら思い切り殴るわ、おれが何か言おうとするとまた殴りかかってくるわ、怒ってるのかと思ったら唐突に告白されるわ――オーケーしたらオーケーしたで今度は脱兎のごとく購買に走るわ今度は屋上……なにこのハードメニュー? それで何、追いついたら違う男に抱きついてると! なにこれ罰ゲームなの? それは俺の罰ゲーム? 美映の罰ゲーム?」
誰にというわけではないが、一気に捲し立てるとまた息が上がっていた。殴ったのは美映で、追いかけてきたことによるあの体たらくというわけか。
「ん?」
ベンチに座る真理が、右手を口元にあてて再び首をかしげた。
「何かいま大切なことを聞き逃したような」
「なんだよ真理……ん、あ、あれ?」
言われてみると何かが引っ掛かる。俺はパンを持ったまま、真理は首をかしげたまま、ぽかんと間抜けな顔をしていたに違いない。
「ええっとよしくん」
「なに」
「善明君は、その女――失礼、美映にってそんな睨まないでよ」
真理は善明を逆に睨み返して、ひとつ咳払い。俺はみてるだけ、それしかできない。なんかひっかきまわしてしまいそうであるからだ。
「美映に殴られて、で?」
「告白されて」
何時ものことのような気もするのだが、様子をみていないのでその辺は突っ込まないでおく。
「殴られ―の、告白され―の……?」