No.27
「男と僕の折り合いが悪くて、いつからか母さんまで僕に冷たくなった。今思えば母さんも辛かったんだろうね。長いこと女手ひとりで僕を育ててきて、やっとよりかかれる相手ができたんだ」
――そして、長い秋の夜に僕はひとりになった。
にこりと、いや、にやりと真理は笑った。ゆがめた口元は愉快そうな感情をたたえていて。辛い思い出は一回りして、嘲りの歴史になったわけか。
「面白いくらいうそくさいでしょ? 昼ドラにしても遜色ないかもしれないよ」
けらけらと笑って言う。もう克服しているのか、それとも抱え込むことがうまくなったのか。おそらく、後者だろうが。
「それからおかしいのが、母さんがもう帰ってくる気がないって悟った次の日。僕は校舎の二階から落ちたんだ」
落ちた。どこから、学校の二階から。それって凄い高いような気もするけど、あれ。
「えええお前よく生きてたな! え、落ちたって、ええええ」
真理の肩を掴んで揺らす。あはは、とまた愉快そうに笑った。
「ね、よく生きてたと思うよ。奇跡的に腕を折っただけだったんだ」
俺が掴んでない方の側の腕をひらひらと振って見せる。心なしか真理は本当に面白そうな顔をしてるから、なんの話をしていたのかよくわからなくなりそうだ。今日の放課後の予定? それとも明日の昼食の話か?
「まさか自分からとか」
「違うよ、馬鹿にしないでくれる。僕だって小さい子供じゃないんだから」
一転して不愉快そうな顔で睨まれる。ですよね、すいません。
「簡単に言っちゃえば誰かに突き落とされたんだけど、ざんねんながら僕は誰に突き落とされたかわからないんだ」
「ひいい中学生こえええ」
「小学生が人殺す時代だからねえ」
不釣り合いなさわやかさで言った後、俺の手を肩からそっとはずし、ベンチに深く座り腕を組んだ。俺もならうように深く座りなおす。少し背中が痛いことに気付いた。
「だからさ、逆に怖くなっちゃったんだ。全部、さ。みんなが僕を殺そうとしてるんだって、僕を遠ざけようとしてるんだっておもった。母さんも遠くへ消えてしまった。信頼してた少しの友人たちも、二度と口を利かなかった」
首を傾けて、風の音を聞くような仕草で眼を閉じた。何を思い出してるのだろうか。それとも忘れようとしているのだろうか。