No.27
素直じゃないんだから、と普段なら茶化すところなのだがあいにく空気が読めないわけじゃない。真理はたぶん、これだけのことをいうのに決死の覚悟をしているに違いない。
「それが、一番恐ろしかったのかもしれない」
自嘲的な笑い。でも辛そうに笑っているようにも聞こえて、俺は引きずられないように無理やり明るい声で言った。
「美映が、言ってたんだよ」
うん、と短い相槌が返ってくる。
「いつでも自分を一番に考えてくれる善明が大好きなんだって。特別扱いされることがあいつにとって特別だったんだ。それだって俺からしたらわからない。愛されるって、特別っていうのは、本当はずっと遠いところにあるものなんだな」
今度は俺が泣きたくなってきた。隣では孤独に怯え続けていた親友――認められたことはないけど――がいて、親友なんて言っておいてそれに気付けなかった俺が生意気に講釈垂れて。俺、本当馬鹿だな。馬鹿につける薬はないってうし、俺もう終わってるかも。死なないとなおらないんだよな馬鹿って。
「うん、俺死のうかな」
「なんでそういう流れができるの? おかしくない季彦君」
普段通りのきつい口調は素なのか。そうか、こっちはなおらないんだろうな。
「おれの気持ちダイジェスト聞く?」
「……遠慮しとくわ。いやでもやめてよ、きみやりかねないし」
「冗談だあって」
なんだか何事もなかったかのように会話を交わした後。屋上は静寂に包まれた。そろそろ午後の授業が始まるだろう。一時間の昼休み、こんなに長かったか。俺はぼうっと、青い澄んだ冬の空を見上げるばっかりだった。
「僕ってさ」
空気を震わせたのは真理だった。落ち着かない印象は拭えなかったけれど、さっきよりずっと落ち着いてたいるようだった。
「今、母さんの妹夫婦の家に暮らしてるんだ」
ベンチを引っ掻く音は止んだけど、今度は本を指先でなぞる微かな音が聞こえた。
「嘘みたいな話なんだけどさ、どこかのドラマみたいなね。母さんは僕を置いて男と蒸発したんだ」
「え、ええ?」
「中学三年の秋だったかな。よく覚えてないけど、その時ちょうどタイミングを見計らったように僕は大けがをしたんだ」
口調は重苦しいわけでもなく、昨日の夕飯の話をするような軽さだ。ただ内容があまりに重くて俺は思わず真理を食い入るように見てしまった。すぐ睨まれたから元に戻ったけどけど。