No.27
善明は少年時代から善良な市民だったわけだ。一時期ささやかれた昔は悪だった説はデマだな。美映の横顔は心なしか紅潮してるようだった。たぶん、美映にとって大切な思い出なのだろう。饒舌な彼女は楽しげにすら見えた。
まだ五時を回ったばかりなのに、空が少し暗くなり始めた。
美映は気にせず話を続ける。
「私にとって一番って意味は大きいの。私四人姉妹の三人目なんだけどね。すぐ下が生まれたのは私が三歳の時。ねえ、季彦って兄弟いる?」
「うん兄貴が一人」
「じゃあ自分のすぐ下に弟ができたとするじゃない? お兄さんは季彦とその架空の弟どちらに構うと思う?」
「普通に考えて弟だろうな。後に生まれたほうが可愛く見えるだろうよ」
なるほど。美映は十分にちやほやされて幼少期を終える前に、姉や両親の愛情の方向が変ってしまったわけか。俺のように男兄弟というのは先だろうが後だろうがあまり育て方は変わらないらしい。少なくとも我が家はそうだった。姉妹というのはどうなのだろう。
「愛されなかったとかそういんじゃなくてね。構ってもらえなかったのよ。もう美映ちゃんは一人でいい子にしてられるわよねって。でも三歳よ? 当時の私は憤慨したわ。だから妹が大嫌いだったの」
当たり前の感情だろう。まだとしごだったら救われただろうに。どうしてまた三年、賞味四年という微妙の間を作ったのか。それぞれの家庭には事情があるのだろうが。
「だから何時でも私を一番に考えてくれるよしくんがその時からずっと大好きだった」
そういった美映の顔は、屋上の入口にある蛍光灯にぼんやりと浮かんでいるだけだったけれど、なんだか綺麗だった。彼女が善明に向ける思いは、こんなにきれいな純粋なものなのかと、俺はふわふわと意識の遠くの方でで考えていた。
「でも恋愛とは違った。なんていうのかな、親戚のお兄ちゃんが優しくて大好き、ってかんじかな。そうやって六年経った。中学に入って気付いたの」
くしゃり、とパンのパッケージを握る。俺のパンはあまり減らない。美映のパンは外気に晒されたまま歯形すらつかない。今年の暖冬のせいかあまり寒くは感じなかったが、やはり暖かいわけではないので無意識に肩をすぼめた。