No.27
軽い音で教科書を閉じる。表紙を見る限り同学年のようだった。自分の学年の教科書を律儀に読んでいるのならば、であるが。
「立派な屋上登校だ。そこらのサボタージュと同じにしてもらっては困る」
きっと睨まれて俺は視線をゴミ箱にそらし、肩をすくめた。しかし暑い。
「面白いことをする人がいたもんだ。暑くないの?」
「特には。日本の夏は湿度の問題をクリアすれば大して厳しいものではないからね」
教科書を辞書の山に乗せ、スラックスの足を組んだ。足元はキチンと靴下と上履きだった。俺は暑いので教師も黙認しているサンダル履きだった。ノーソックス。
「汗もかいてる様子はないし日焼けもしてないみたいだけど、なに、なんか魔法かなんか使えるの?」
我ながらばかみたいな質問だと思った。鼻で笑われる。むっとして隣を盗み見ると、思いのほかたのしそうな顔をしていた。あら、意外。
「魔法? そうだな、まあ使えれば製品化して特許を取りたいな。汗もかかず日焼けもしない魔法。女性に大人気だろうな」
くすくすと笑われて、妙に恥ずかしい。対抗するように逆に足を組んで、鼻息を荒くした。
「茶化すなよ。別に本気で思ってるわけじゃない」
「わかってるよ。生意気な子供みたいなやつだな」
「うるさい」
子供、といわれて無理やり閉じ込めていた劣等感が溢れだしてくる。自分が一番わかっているのだ。子供から脱出できないということは。
「おいおい、そう深刻に受け止めるなよ。八方ふさがりみたいな暗ーい顔して僕の隣に座らないでくれ」
困ったように言ってから、組んだ足を解いてベンチの上で体育座りをする。揃えた両ひざに真理は顎を載せて、まっすぐ前を見ていた。
「全部ただの体質だよ。新陳代謝が悪いのかもしれない。日焼けはしない、ひどくても赤くなって終わるタイプ」
「俺真っ黒になる」
「なんか、ぽいな」
「よくいわれる」
この日はお互い名前すら名乗らなかった。屋上登校という単語を追求することもなかった。あまり似てるところも無い俺と真理は、不思議と会話が弾んだ。それが俺は心地よかったのか、夏休みが明けて文化祭が近づく頃にはすっかり屋上の住人となっていた。