夜のゆびさき 神末家綺談2
人間じゃない。伊吹にはわかる。
ギシ、ギシ、ギシ・・・
「・・・!」
近づいてくる。伊吹は逃げ出した。姿の見えない何かが追いかけてくる。
ダダダダダダダダダッ!
廊下を飛び出して、玄関ホールを目指して走る。足音もまた、全力疾走で迫ってくる。まるで鬼ごっこだ。
「・・・っ!」
玄関の扉に手をかけるが、見えない力で向こう側から押さえつけられているようで開かない。そんな、と絶望する伊吹の背後まで、もう足音は迫っている。
(くそっ・・・!)
恐怖が怒りに変わる。まるで遊ばれているようじゃないか。友だちを隠し、伊吹を追い回して怖がらせている何者か。伊吹は腹が立ってきた。足音の来る方向を振り返り、闇と対峙する。
「お前なんかに負けないからな!」
右手の人差し指と中指を立て、他の指を握りこむ。剣印。簡単な退魔法ならば伊吹にだって使える。自分にだって、お役目の血が流れているのだ。土御門家の血が。
「臨、」
剣印抜刀。九字を切る。最初の呪言とともに横一文字に印を切ると、緊張が消えうせて大きな声が出た。
「兵、闘、者、皆、陣、烈、前、行!」
集中力を極限まで高めて払いきった、最後の横一振り。それを放った瞬間に、自分に迫っていた闇が、瞬時に吹き飛ぶ気配を感じた。霧が晴れるようにして月明かりが差し込み、そこにはもう何の気配も感じられない。
「・・・やった・・・?」
ふうわりと降り注ぐ月光に魅入られて立ち尽くしていたそのとき。
「!」
目の前に、小さな子どもが立っているのに気づく。男の子だ。ふっさりとした髪と絣模様の着物は、どこか浮世離れしており、突然現れたこの男児が、生きた人間でないことはすぐにわかった。彼は懐中電灯を手にしている。伊吹が先ほど教室で落としてきたものだ。
作品名:夜のゆびさき 神末家綺談2 作家名:ひなた眞白