光と陰、そして立方体
織恵は光に別れを告げて、自宅に帰り付いた。
いつものように玄関のドアを開ける、中はいつもの変わらない風景、今日も芳樹が寝っ転がってテレビを見ている。
思い返せば、自分が芳樹を好きになったのは見た目だけだった。自分には勿体ないくらいのレベルだった。一緒に外を歩いていたら友達にも羨ましがられるし、そんな自分も鼻高々だった。
「なぁ、織恵。今日合コン呼ばれてんけど、電車賃貸してくれへん?」
見た目は確かにかっこいい。だけど最近の芳樹は夢に向かって走っている感じが全くしない。家に来ては何もせずにできもしないカッコいいことを言う。おまけに小銭をせびったりもする、ハッキリ言えばヒモ状態だ。
「何で私がアンタの電車賃を工面しないけないの?」
織恵はこんな事でツッコミを入れる自分が情けなかった。芳樹と付き合うメリットってなんだろう?そう考えると、ふと光の言葉が頭に浮かんできた
「上っ面しか見てなんだら痛い目遭うで」
この時織恵の中で何かが前に進んだような気がした。
「別れましょ、芳樹とはやってらんないわ」
「何だと……」怒った口調の中に動揺が見えるのは織恵の目に明らかだった。フラれた事は一度もないと自慢していた芳樹の顔にショックが見えた。
「後悔するぞ」
芳樹が見せた精一杯の抵抗。織恵は自分の言葉に間違いが無いことを確信した。
「したとしてもアナタには関係ない。言い訳ばかりで逃げてる男には魅力はないわ」
「付き合ってやってんのは俺の方なんやぞ!」
「モテるんでしょ、他を探せば?女を切らした事がないって言ったのはそっちじゃない」
芳樹はテーブルに置かれた千円札を奪うように取り去り、何も言わずに出て行った。
織恵は肩で息を吐きながらその後ろ姿を見ていた。何でもっと早くに言えなかったのかと少し後悔したが、気分はスッキリしていた――。
作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔