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光と陰、そして立方体

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 二人は玩具店を通り過ぎ、商店街を抜け、駅で唯一を見送った。夜から居酒屋のアルバイトがあるので足早に商店街を駆け抜けた。雨が降っているがいつもの風景だ、人の流れも、喧騒も、漂ってくる美味しそうな匂いも。
「あら、あらら!」
 織恵は玩具店の前を通り過ぎたその一瞬、思わず声を上げた。
 いつもの商店街の風景のはずが、一つだけ町に同化していた。残像効果で違和感を感じた織恵は後戻り、玩具店の「アイツ」が見事に打ち負かされているではないか。

 それに気付かなければ運命は大きく変わっていただろう。

 織恵は妙な胸騒ぎを感じた。商店街を通り抜け、いつもの公園を遠巻きに眺めた。雨の中遊んでいる子供も憩うお年寄りもいない。
 雨が強くなってきた。広がって行く水溜まりと走れば確実に付く泥はねがそこへの侵入を拒む。
 織恵はそれでも公園に足を踏み入れた。そして東屋を覗いて見ると、初めて出会ったあの時と同じ、光が座ってキューブを回しているではないか。
「光くん!」
「織姉!」
 織恵は我を忘れて光に抱きいついた。愛情でも親心でも友情でもない、織恵を動かしたのは不思議な感情だった。
「やめてえな、恥ずかしいやんか」
光はそうは言いながらも織恵の手をほどかずに身を任せた。
「ずっと気になってたんだよ、光くんの事」
 心配していた様子で見ている織恵を安心させたいと光は素直に思い、今の状況を簡単に説明した。
 光は児童相談所に保護されて数日、予定通り父方の祖父母に引き取られた。まだ「一般的な」小学生になりきれていないというが、初めて会った時に比べて表情が柔らかくなっているように感じた。用心深いのは性分だからいいとして、光はようやく人並みの生活ができるようになったのだと確信した。そう思うと織恵は目に自然と込み上げて来るのものを感じ、それを止めることが出来なかった。
「何で泣いてんの?泣くほど笑うような事言ってへんで」
「違うよ、嬉しいんだよ」堪えきれないそれは頬を伝ったが、織恵は笑顔だった。
「それでな、今度はもっと強敵が現れたんや」
 光が手にしているのはまだ新しいキューブだった。一回り大きい、よく見れば一面のマスが3×3ではなく、4×4ではないか!
「これは一筋縄ではいかんで、真ん中も動きよるねん、コイツ」
 光が今まで何もなかったかのように喋り出すのを見て、織恵の目に第二波が来た。
「だから何で泣くねんな?」 
光の笑い声が二人しかいない公園にこだました。

「ねえねえ、見てよ、コレ」落ち着きを取り戻した織恵はニコニコしながら鞄の中から、光にとってはかつての「宿敵」を取り出した。
「アタシもやってみようと思ったんよ」
「え、もう完成したん?」
 光は全面揃ったキューブを手に取り、慣れた手つきで全方向から確認した。
「あはは、まさか。一旦崩したら元に戻せないから、中々始められないのよ」
「意味ないやん」光はそう言って笑いながら、光の手の中で一瞬のうちに静寂から混沌へと変化した。
「あーあ……、やっちゃった」
「いつでも直したるで、でも自分でやらんと全然意味ないけど」光は笑顔で織恵の顔を見た「出来へんってことはない。その気になってないだけや」
 織恵は光に教えを乞うかのようにその顔を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「これを待ってたんだ――」
口には出さなかったが織恵がそう思うと、目の前の光の顔が、まるで伝わったかのように得意気なそれへと変わっていった。
「教えてくれたのは織姉やで」
「――そうだったね」確かに自分が言った言葉だ。それを覚えていて実践しているのを見て、織恵も得意気な笑顔に変わっていった。
 

作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔