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光と陰、そして立方体

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再び



 大学も後期の授業が始まり、織恵の学生生活も残り半年となった。就職活動のツケを戻すように、卒論の作成に向けて日々真面目に学校に通うようになった。就職先も確定し、新しい彼氏も出来た。前回の交際による反省から、見た目は当然大切だがそれだけでなく考え方や価値観が近い人物が付き合うのに一番いいと思うようになった。憧れや夢でなく現実を見るようになると、案外近くにそんな人がいた。ゼミ仲間で一緒に卒論の調べものをしている内に、以前から仲の良い友達の一人だった唯一とふとしたきっかけで付き合うことになった。
 織恵を導いた、春先に出会った小さな友達とはあれから一度も会っていない。足の踏み場のないあの家は誰も帰って来ないままだ。光は真凛とは違う身内に引き取られたのか、それを知る術も権利もなく時は流れた。しかし織恵は光のことを忘れたことはない。光を児童相談所に引き渡したあの日を今でも昨日の事のように覚えていた。

 織恵は唯一と二人で商店街をぶらぶら歩いていた、家まで卒論の資料を持ってきてくれた唯一を駅まで送っているところだ。その真ん中辺りにある玩具店、いつものように「それ」は往来する人ににらみを利かせ、自慢のモザイク模様を見せていた。
 二人でここを通る度に織恵は光の話をする。学生生活がうまくいかなかった時に出会い、彼が手にしていた立方体のオモチャを通じて織恵を導いた事から、彼を取り巻く社会が彼に不本意な扱いをしている事、そして、彼がここからいなくなった事などを――。
「攻略本も無しにその子はやってのけたって?」
「そうなの、凄いでしょ」
 織恵たちは玩具店の前を通り過ぎた。店頭の「それ」は色が剥げ、満身創痍になりながらも、それでも挑戦を受け付けんと前を通る者に熱い視線を送り続けていた。絶大な勝率――、今日も「それ」に勝てた者はいない。勿論、織恵もその大多数の一人だ。
「実はね……」織恵は肩に掛けた鞄からまだ新しい「分身」を取り出した。それは本来の姿を呈しており、均整の取れた美しい姿だ。
「私も買っちゃったの」
二人は自然な笑顔で向き合った。
「光くんは、それを『挑戦』と説明した。だけど私には、それは助けを求めているように見えた」
「助けを、ねえ――、なるほど」
「理解をして欲しいんだけど余りに難しいので大概の人が敬遠するのよ」
「誰も難しい事や嫌な事には首を突っ込みたくないわな」
 唯一は光に会った事がないが、どんな少年なのかは織恵から聞いているし、母の真凛は一度だけ見掛けた事がある。歓楽街での逮捕劇、おそらく真凛を見るのは最初で最後だ。
 データのみで判断すると、唯一はその少年に近付く事はなかっただろうと思った。それはさっき自分が言った通りの事であり、それと同時に光を救おうとした織恵は素晴らしいと思った。
「森陰さんは彼の人生に影響を与えたと思うよ」
 唯一は「自分もその一人だ」と含みを込めて言った。
「私はあの子の理解者になりたかった。光くん、本当は賢いんだよ」織恵は手にしたキューブを一回だけ回した「だってさ、コレを完成させるんだよ。その時点で私の頭を超えてるわよ」
「ホンマやね。その子も「それ」と同じやったんや」唯一は織恵の「それ」を手に取り、一回回して元通りにした。
「会えるよ、そのうち。僕はそんな気がする」
 根拠はないが、織恵もそんな気がしていた。そして織恵は自然な口調で言ってくれた唯一の腕をギュッと抱き締めた。
 

作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔