光と陰、そして立方体
またな!
酔いも完全に覚めた織恵は駅から息を切らしながらシャッターが並ぶ商店街を走り抜け、公園を素通りして、光の住むアパートにたどり着いた。周囲に聞こえる騒音も気にせず、ひたすら戸を叩き、光の名前を読んだ。
大変なことが起きた。織恵は1秒でも早くこのことは伝えないといけない、そう思った。
「何や何や……、織姉?」
外の騒ぎを聞いて光が玄関口に出てきた。光は声を聞いてまさかとは思ったが、その主が織恵であるのを確認してひとまずは安心した様子で不安な様子の織恵を出迎えた。
「どないしたん、大きな声出しよってからに……」
織恵は手にしたペットボトルの水を飲んで、荒れた息を落ち着かせてから光の顔を見た。
「大変だ、真凛が……」
「またぁ?」
「『またぁ』って?まだ何も言ってないよ」
「捕まったんとちゃうの?『真凛が』でわかるわ」光の反応に織恵は驚いたが、まだ小学生の光はさすがに少しは動揺していた。
「確かに大変やな、どないしよぅ……」
「取り敢えず私の家においでよ」
織恵が提案すると光は反対しなかった。それからすぐに手際よく出掛ける用意をして「ほな、行こか」と言って織恵を呼んだ。三年生にしてこの逞しさ、織恵はしっかりした光を複雑な心境で見ていた。
玄関の扉を開けると二人は一瞬固まった。通りの方に男が一人、まるで二人が出てくるのを待っていたかのように立っているのが見える、名前は知らないが知っている人だ。数日前、コインランドリーで光のキューブを完成させた、あの男だ。左薬指の銀色の指環と腕時計に見覚えがある。
それが偶然でないのはこの雰囲気と男の表情で明らかだった。
「あなたは……」
男は胸ポケットから名刺を差し出した。
作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔