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光と陰、そして立方体

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「離せよコラ!」
「待たんか!」

 路地の奥からいきなり聞こえてきた怒号、暗くてよくわからないが、体格の良さそうな二人組の男がさっき見たフリフリの女性の手を引っ張っている。この辺ではよくある風景らしいが、双方の顔が必死だ。女は大きな声を出しているが半狂乱で意味不明だ。
「とまれ!」
 女は男の手を振りほどき、狭い路地をこっちの方へ全力で走ってきた。女の走路を作るかのように避けていく野次馬、その姿は一気に織恵に向かって来るように見えたかと思うとほぼ同時に鈍い音が響いた。

 ドスッ

「あいたたたた……」
「織恵!大丈夫?」
 路地の真ん中に立っていた織恵は全く動けず、女のタックルをまともに受けて、その場で尻餅を突いた。
「邪魔やねん、どけよ!」
「あ、ああ」
織恵は女の形相に驚いて呻き声しか出なかった。女は目を真っ赤にして見開き、蛇が蛙を見るような、そんな形相だ。幸い女は手に何も持っていなかったが、もし刃物でも手にしていたら自分はアウトだったと思うと、腰が抜けてその場から立てなかった。
 鬼の形相で逃げる女……、織恵の知っている人だ。「真凛」、そう――、織恵と一つしか変わらない光の母親だった。
「10時23分、所持で現行犯逮捕な。もう逃げられんぞ」
 後ろから追いかけて来た男が真凛に手錠をはめると、真凛は悲鳴に似た叫び声をあげながらあれよあれよという間にいつの間にかここに来ていたパトカーに乗せられてその場を去っていた。
「チ・ク・ショ・ウ……」
真凛の最後の一言が織恵の頭に響いた――。



   * * *



「な、何?今の……」
 さっきの人だかりは蜘蛛の子を散らしたようにバラバラになり、そこに残されたのは織恵たち三人だけになった。急な逮捕劇に織恵はその場でへたりこんだまま動けなかったが、ほろ酔いで火照っていた身体が一瞬で覚めていくのが解った。
「『所持で逮捕』って言ってたよね」
「ああ、ってことはクスリとかじゃない?」
 頭の上で彩乃たちが何やら話している。他人事のように淡々と。二人の知らない人だから当然といえば当然だ。
 織恵は徐々に我に返り、二人の手を取って立ち上がった。
「織恵、大丈夫?」
「うん、でもビックリした」心臓がドキドキしている。それはさっきの出来事だけが原因でないのは解っていた
「ごめん、二人とも。ちょっと気になること、あるんだ」
 織恵はいきなり走り出し、二人を置いて家路を急いだ。



作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔