光と陰、そして立方体
歓楽街
今日の夜は梅田で所属するゼミの飲み会があり、且つ昼間から会社の面接もあって、織恵は講義に出ることなく朝から大阪周辺を走り回っていた。就職活動も大詰めで、今年一番に気力を使った一日の後に参加した会は、日頃飲酒の習慣のない織恵にとって疲れと慣れない酒で酔いが回り、終わった時には頭と足がフラフラしていた。
そんな彼女を心配して、織恵は同じゼミ生の彩乃と唯一(ただいち)に抱えられ、しっかりしない足取りで週末の繁華街を横一列に歩いていた。
「織恵、大丈夫?めっちゃ千鳥足やん」
「ヤケ酒じゃ、ないよ」彩乃は織恵が芳樹と別れた事が未だに残念だと言う「アタシ、芳樹と別れて良かったと思ってるし、就職も何とかなりそうだもん」
織恵はそんな彩乃をを見て「見た目だけじゃダメなのよ」と本当は言ってやりたかったが、異性の好みについて話すのは女子だけの時だ。横には唯一もいるので、余りに偉そうな事はいわなかった。
そんな別れた奴より気になるのは「小さな友達」のことだ。光は自分のペースで、彼の中では上手に生きている。しかし織恵は彼が、もっと良い環境にいればもっと成功すると信じていた。光と出会い、その言葉に耳を傾ける事で織恵の日々は好転した。光に従って彼氏と別れ、人間関係も就職活動も手応えを感じつつある。
しかし、その恩人のような友達を救ってあげる事が出来ない自分がいたくもどかしくて、酒の量が増えたかと聞かれたら否定しなかった。
* * *
織恵は彩乃と唯一に連れられ、近道で通り抜ける夜の歓楽街。織恵は一人では絶対に近付かないようなところだ。この時ふと、大学にいる外国人の先生が「夜女性が一人で歩けるのは世界でも日本くらいだ」と言ってた事を思い出した。
日本は確かに安全な国だ、織恵も去年初めて海外旅行に行ったときそう思った。しかしそれは「棲み分け」が出来ているからで、やっぱり安全でないところもある、それがこの周辺だった。酔っていることに甘えて、二人の腕を持つ手を少しだけ強くすると、両脇にいる二人も同じように強くなった。
強引な客引き、店の前で呼び込みをする女子校生の制服を着た男性、フリフリのドレスを着た子供と間違えそうな女性、一部だけを隠しただけの服装の外国人、酔いつぶれて路地で寝る男、その横で新聞紙を巻いて生活する者、喧嘩する人、パトカーの赤灯……。法には触れていないとは思いたいが、子供の来るようなところではないのは明らかだ。
「ねえ、ここってヤバくない?」
「あまり良い所では、ないかも」
「これも社会の勉強と思おう……」
三人とも社会の現状や保障について勉強する学生なのにこういった場所は無縁な方なので、自ずと口数が少なくなった。その時織恵は路地裏の奥の方に目を遣った。普段なら見てはいけないと思っているようなところなのに何故か目が止まった。視覚だけでなくすべての感覚が織恵に訴えかけた、そんな感じがした。
「織恵、何見てるの?何か面白いものでもあった?」
「あれは……、ゴメン、何でもない」
とは言うものの織恵の目がそれを捉えると、足が完全にフリーズした。それを両脇の二人が見てまるで磁石で吸い寄せられたように二人の足も止まった。気が付くと止まっているのは織恵たち三人だけでなく、狭い通路の入り口を塞いでいた。
作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔