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光と陰、そして立方体

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制圧



 光は雨の降る中を走り抜け自宅に帰り着いた。ポケットの鍵を差し、いつものように周囲を確認して一瞬で部屋に入る。そして濡れた靴を脱ぐこともせずに自分の部屋まで入り込んだ。
 今日の真凛は時化の日だ。襖の向こうからでも聞こえるくらい大きな声で、電話で何やら言い争っている。小学生の光にはその内容がわからないが、良いことではなく、いつもの汚い言葉で喧嘩をしている事だけはわかった。真凛が時化の時はいつもこうだ。光はそれに慣れていて、夜になって真凛が出ていくまで外へ逃げた方が賢明だと判断し、いつもの「あれ」と溜まった洗濯物を持って、真凛が気付かない内にそそくさと家を出た――。

 光は家からいつもの公園を通り抜け、駅から続いているアーケード付きの商店街に入り、玩具店の向かいにあるコインランドリーに入り、慣れた動作で洗濯機に洗濯物を放り込むと、横にある長椅子でいつもの「戦い」が始まった。勝負を始めて数ヵ月、ゆっくりではあるが光は確実に進歩していた。ガラス窓の向こう、右に左に流れる人の波の向こう、玩具店の前に見本として置かれたそれは相変わらずの威光を放ち、道行く者の挑戦を受け付けている。肌が一部剥がれているが、それも気にしない様子だ。光の知る限りでは目の前で敗れたのはたった一度だけだ。
 梅雨時は洗濯物が乾かず、乾燥機付きの洗濯機が重宝される。それは家にまともな洗濯機がない光だけでなく、独り暮らしの学生も然りだ。同じく近所に住む大学生の織恵も洗濯物を持ってここへ来たら、偶然に見慣れている小さな背中を見つけ、その肩をポンと叩いた。
「よっ!」
「あ、織姉……」
普段は公園で出会うのだが、思いがけない所で会ったので光はえらくビックリした表情で大人の友達を見上げた。
「あはは、いいよ『織姉』で」
 織恵は笑いだした。光の中で私は『織姉』という、もっと親しい存在になっているようだ。
「え、言わなかったっけ?私、そこのマンションで独り暮らししてるんだよ、今度遊びに来なよ」
 光は笑いながら頷いて、自分の話を切り出した。
「ほら、見てえな。遂に裏面も揃ったんや」
 光はいつもの得意気な顔でキューブを織恵に見せた。前を向いているのは青い面、その裏は白い面、そして側面もしっかり揃っている。揃っていないのは真ん中の列のキューブだけだ。
「ここをこうして、こう入れ換えると裏面も揃うねん」
 光は今までの過程を織恵に説明すると、織恵は既に自分の理解の枠を超えてしまっていたが、それでも笑顔を忘れずに、小さな友達の一生懸命な力説に耳を傾けて聞いていた。光も理解して欲しいと思って説明はしていない、言うなれば面と向かって言う独り言だ。しかし、傍で織恵が聞いてくれる事が光には嬉しくて堪らなかった。
「ここまで出来たら『あともう少し』って感じするよね」
「でも要らん所動かしたらまた変な事になりよるねんで、気ぃ抜いたらアカンねん」
「さすがだねぇ、なかなか抜け目ないなぁ」
 光の言うことは的を射たものが多いうえに、年の割にしっかりとしたことを言うので、織恵は感心している。光を取り巻く環境は抜きにして考えたら、本当に賢い子供なんだろうと思った。
「光くんは誰かが完成させたのを見たことがあるの?」
 織恵が質問を変えると光は手を止めて、窓の外を向き視線を遠ざけた。
「向かいのオモチャ屋にこれがあるでしょ?」
光は向かいの玩具店にある『宿敵』を指さした。いつものようにカラフルなモザイク模様を呈して、挑戦を待っている。 
「あそこに見本があるねんけど、アイツが毎日俺を見よるねん」
「毎日通ってるのに気付かなかった」
 確かに、注目すれば『宿敵』は、光が今持っている全く同じ物よりも威光を放っているように見える。勝利を重ねたからだろうか、雰囲気はどこかしら偉そうだ。
「一回だけ目の前で見たことがある、アイツが完成されたところ、それも一瞬で。それで俺も『選ばれた者』になってみようと思ったんや」
「『選ばれた者』ねぇ……」


作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔