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光と陰、そして立方体

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光の陰



 毎日公園でルービック・キューブと『格闘』している光と話をするのに比例して、織恵の毎日に張り合いが出てきた。就職活動も書類選考や適性検査をパスし、個別、グループ含め面接にまで進むことが出来た会社も増えてきた。
 彼氏と別れた分、ゼミやサークルの友達と接する時間が増え、自分に余裕が出来た。それとリンクするように勉強もアルバイトも上手く行っている。芳樹が部屋に来なくなってからは、部屋がきれいになった。
 織恵にとって小学三年生の光が語る『オッサンくさい人生論』が好影響を呼んでいるような気がして、光が織恵を求めているように、いつしか織恵も公園で光と会えることを楽しみにしながらいつもの公園を通っていたが、ここ数日は光の家庭環境が気になり、自分が何かしてあげられないかと思うようになっていた――。
  * * *
  織恵は今日、教育関係の会社で面接があるため大阪市内に出向いた。仕事の内容が社会学部の織恵にとって相通じる部分が多く、面接も上々で、初めて手応えらしきものを感じた。
 今までなら用が済んだら市内でデートする事がお決まりだったが、彼氏と別れてからは町に留まっても遊ぶことがなくなり、昼下がりの電車に乗って自宅に戻ることにした。いつもとは少し違う乗客、この時間帯は子供連れの母親やお年寄りが多い。ガラ空きの電車とポカポカ陽気は短い距離でも睡魔がやって来る――。
 駅から続く商店街、早い帰宅で通りは小学生が大勢だった。織恵はその中の一人、正面から歩いてくる小さな友達が織恵を見つけて駆け寄って来た。 
「おっ、織恵姉さんやんか」
「あらっ、光くん。学校帰り?」
すっかり打ち解けた二人はお互いに笑顔になった。
「家はこの近く?」
「うん、すぐそこやで」
 光はそう言って前方の小さなアパートを指差すと電柱の影に隠れた。その動作を見て織恵もつられて無意識に同じ動作をとった。
「あそこが俺の家なんやけど、ちょっと待ってや」
 光はいつものように遠くから自分のアパートを観察した。すると、程なくして玄関の扉が開きド派手なジャージを着た中年の男の後に続いて、金髪で、織恵が小さい時に着たことがあるようなフリフリのドレスを着た女性が出てきた。遠くから見たらフランス人形が歩いているように見え、この距離でも香水の匂いが伝わって来そうな視覚的かつ嗅覚的オーラを放っているが、口から上がるくわえタバコの煙がそのオーラの色を第六感的に煤色に変えている。そして二人が道路の脇に堂々ととめていた車に乗ったかと思うと、爆音を立てて走り去って行くとすぐに見えなくなった。
 その時光だけは、その車がでる直後にエンジンがかかると同時に発進する車を見ていた。
 
 織恵はその一部始終を見て、声と動きを奪われたように、車の音が聞こえなくなるまでその場で立ち尽くしていた。
「あれが……『真凛』?」
 呪文を解かれてた織恵は光に言うと、光は黙って頷いた。これでも織恵は言葉を探した方だ。
「ほな、帰るわ」
気まずそうに光が言って背を向ける。
「待ってよ」織恵はその小さな背中を止めた「私も光くん家に行っていいかな?」
「ええけど、きっついで」
 織恵は構わないわと顔で答えた。でないと光はあっち側に行ってしまう、そんな気がしてならなかった――。


作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔