光と陰、そして立方体
光がこの公園の一部になってから随分経って来た。誰に迷惑を掛けている訳でもなければ、法に触れる訳でもないから、彼を見て気にはなっても用もないので、光は誰にも声は掛けられなかった、――ある人物を除いては。
元々友達もおらず、一人遊びに慣れていた光であるが、出会えばいつも声を掛けてくれる名前しか知らない「ある人物」には好意と興味を持つようになり、ここでこうしていれば彼女に会えるだろうという期待が、光を公園に行かせるようになっていた。
いつものように光が公園の景色になっていたこの日、期待通りに彼女は駅とは逆の方から公園にやって来た。光の表情が緩くなった。
「おーい、織恵姉さん」
光から声を掛けたのは始めてだった。織恵はビックリしたが、いつもの笑顔で光に寄って来た。
「調子はどないなん?」
「織恵姉さんその発音何かヘンやで」
何ともおかしな関西弁だった。いつもと違って普段着姿の織恵を見て、光は織恵のおかしな関西弁の発音を真似て言って見せると、織恵も一緒にプッと笑い出した。
「そうそう、俺の勝負も少し前進したで」
「お、なになに?」
小学生の光よりも屈託のない笑顔を見せた織恵は光の横に座ると、光は得意気に今までの成果を報告するよと言い出した。
「前は一面揃えたやろ?次は角のキューブの場所を決めるんや」
光はまず、ばらばらのキューブから素早く青の一面を作る。そして、青い面を逆にして見せた。中心は白だ、これは織恵も学習した。
「この角なんやけど、面が三つあるねん。コイツをこうしたら……、ほら」
光は嬉しそうにキューブを見せるが、織恵にはさっきと変わったようには見えなかった。
「ごめん、光くん。私にはわからない」
「向きはちゃうけど、位置は合ってるんや」
織恵は光の小さな掌に乗っているキューブを眺めた。確かに角のキューブは全部白が上を向いてはいないが、白を除いた二つの面と下段で揃っている側面の二色と構成が同じだ。
「確かに……そうね。向きは合ってないけど位置は合ってる」
光はその動作を検証するように何度もキューブを崩しては元に戻している。
「次に面の向きを変えるのね?」
「今それを考えてんねん、慌てたらアカンがな。いきなり揃えようと思たら出来へんって。まずは場所決めるんが大切なんやんか。全体を見たらこれは前進やがな」
光は得意気に語る。織恵はその仕草を見て優しく微笑むと、光はさらに調子に乗って喋り出す。
「織恵姉さんは今日は仕事ないの?」
「えっ、私?ああ、そうだったわね……」織恵は光が自分の服装を見ていることに気付いた。今日は今から梅田までアルバイトに行くから、光の見ている「いつもの格好」でなかったことに質問をしたのだろうと思った。
「そういや自己紹介してなかったね。私ね、大学生なんよ。スーツ着てるのは仕事を探す為にちゃんとした格好して会社を回ってるからなの」
作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔