言い訳したい恋
一章
高科(たかしな)ノボルは、高校に入学する前に、どうしても自分を変えたか
った。
中学校を卒業してから何もせず、誰と会うこともなく、ひと月近い休みはもう
すぐ終わってしまう。
このまま高校生になってしまえば、つまらない毎日がこの先もずっと続くよう
な気がした。
変えたいという強い思いは漠然としていて、何をどうすればいいのか、全く分
かっていなかった。
体を捩りながら熱が出るほど考えて、出した答えは外見を変えることだった。
よく晴れた朝に目覚めて、それしかないと唐突に決心した。
変わった姿を想像したら、たくさんの友達に囲まれて、笑っている自分が見え
た。憧れた未来がすぐそこにある予感がして、疑わなかった。
ノボルは忙しなく着替えて朝食を済まると、なんとなく外に出ることが嫌で、
いくら言われても行くつもりのなかった床屋へ行くと、母親に言った。
短くしてもらいなさい、と母親はいつもと同じことを言い、必要なだけのお金
をノボルに手渡した。
ノボルはすぐに財布にしまい込むと、二階の自分の部屋に小走りで戻っていく。
部屋に戻ると、机の引き出しの奥から宛名のない封筒を取り出して、中から一
万円札を一枚抜き取る。
折ることをためらうほどまっすぐなお札を四つ折りにして、右の靴下の中に押
し込んだ。
クラスメイトが話していたカツアゲ対策を、ノボルは覚えていた。
カツアゲされたことなんて一度もないが、大金を持ち歩くときは、いつもそう
していた。
ゆっくりと回る時計を何度も見ながら、なんとなく寝っ転がったり、筋トレを
した。
行くつもりのない床屋が開店する十時を確認して、おさがりのママチャリと一
緒に街へ向かった。
ノボルはお洒落すぎて行くことをためらっていた美容室に、予約もせずに乗り
込んだ。
行きつけの床屋はいつ行ってもすぐに切ってくれたから、予約が必要だと知ら
なかった。
美容師さんを困らせて、居心地の悪い空気の中で一時間ほど居座った後、よう
やく名前を呼ばれる。
ふかふかの椅子に腰かけると、ほんの少しでいいので、髪を茶色く染めてほし
いと告げた。