言い訳したい恋
ようやく見慣れた教室にノボルが入ると、教室の一角に黒山の人だかりが出来
ていた。
何事かとノボルは目で探りながら、教科書と弁当の入った鞄を、机の上に静か
に置いた。
「どうしたの」と学ランの肩越しに中を覗くと、机をくっつけたその上に、見
たくないものが何冊も広げられていた。
たくさんの顔が、小さく並んでいる。
「おう、高科。いいところに来たな」
この人だかりを作った原因と思われる菊池(きくち)タカヤから、卑しい笑顔
を向けられる。
ノボルは笑顔を消して、自分の席に戻ろうと思った。
また何か良からぬ事をされるかもしれない。
タカヤは、とにかくおしゃべりな面白い奴だった。
入学式の日に自分よりも早く、多くのクラスメイトと仲良くなったノボルに嫉
妬するほど、目立ちたがりでもあった。
ノボルは突然なれなれしく肩を組んできたタカヤと、すぐに仲良くなった。
自分から話題を振ることが苦手なノボルにとって、タカヤの止まらないおしゃ
べりがありがたかった。
タカヤは時々ノボルを辱めるようなことを言って、クラスメイトの評価を下げ
ようとする。
ノボルはそれがあからさまで面白かったし、他のクラスメイトも笑っていたか
ら気にしていなかった。
ところが、ある日のホームルームでタカヤが手を挙げて、小学生が告げ口をす
るようにノボルの髪の色に抗議した。
いつ注意しようかタイミングを見計らっていたらしい担任から、黒染めを言い
渡される結果になった。
二度目の黒染めをすることは構わなかったが、クラスメイトが帰宅していく中、
担任と生徒指導室に向かうノボルを見て、タカヤは顔を真っ赤にして笑ってい
た。
ノボルはたくさんの友達ができたが、心のどこかで友達を失うことを恐れてい
た。意識せずに相手との距離を保ち、遠慮していた。
人を不幸に陥れておいて、悪びれることもなく心底から笑っているタカヤを見
て、ノボルの中のそんな後ろ向きな思考が、ふっきれた。
「覚えてろよ」と怒鳴ると、タカヤはその場に転がって、腹を抱えて笑った。
そんなことがあって、タカヤは油断のならない、遠慮せずになんでも言える大
切な友達になった。