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千尋ちゃんと大河くんと薫

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□ 安達大河の視点

 秋のとある放課後のことだった。
「ん?」
 タヌキみたいな顧問主導の剣道部が終わり、部長ミーティングで最後まで残っていた俺は、ようやく家への帰路につこうと昇降口から出てきたところで、スマートフォンが震えた。メールボックスを見ると、どうやら母親からのようだった。
『たいがくん きょうのばんごはんはかれーなのではやくかえてきてね』
 携帯に慣れていない母のメールを解読すると、どうやら今日はカレーだから早く帰ってこいということのようだった。
「(ま、初めからどこにも寄る気はないけどな)」
 俺は今、肩に剣道具とカバンを背負っているのでゲームセンターや飲食店はおろか本屋にすら寄りづらい。そもそもこんな重いものを背負ってどこか寄りたくない。
 俺は携帯をポケットにしまって、昇降口を離れようとした時だった。
「あれ? 大河だ」
 振り返ると、後ろには幼馴染の神崎薫が立っていた。
「ん? ああ、薫か」
「なんかリアクション薄いな……。クラスも下校時間も違うから結構会わないのに」
「メールはよくしてるだろ……、昨日だってしたし」
 この神崎薫というのは俺の幼馴染である。
  中一からの付き合いで、どっちつかずな口調と服装のせいで男なんだか女なんだか区別がつかない。制服を着てないと本当に見分けがつかない。でも性格は良い奴。
 家はバス停も一駅違いで、徒歩でも十五分で行けてしまうくらい近い。
 だが部活のせいで帰る時間が違ったり、クラスが違うせいで最近は疎遠気味になってしまっていた。
「でも、お前何でこんな時間遅いんだ? 弓道部は五時位で帰るはずだろ?」
「いろいろあって弓道部は休みだったんだけど、その代わりに仕事手伝ってて遅くなった」
「なるほどな」
 頭に『本末転倒』という言葉がよぎったが気にしないことにした。
 そういえば昔から他人の仕事とか手伝ったりするタイプだった。なんというかお人好しなやつだった。友達がそれほど多い印象はなかったけど。
「そうだ、ちょうど今千尋もいるよ。呼んでみる?」
「あ? 千尋もいる?」
 千尋というのは俺のもう一人の幼馴染で、この学校では俺と薫以外一人しかいない俺と同じ出身中学者である。
 髪が長くまあまあ美人なやつで、どちらかというと寡黙な奴だ。中学時代はよく図書室に通っていた。元々は薫を通じて仲良くなった間柄で、まあ仲が悪いわけじゃなかったが、そこまで反りの合うやつでもなかった。
「おーい、ちひろー」
 薫が昇降口に向かって呼びかけたが、返事がない。
「あれ来ない。ちょっと呼んでくるかな」
「いや、いい」
 俺は昇降口に戻ろうとする薫を制した。どうせここで千尋を呼ばれても話すことなんてほとんどない。
「そう? ならいいか」
 薫は割とあっさり諦めた。
「さてと、それじゃあ一緒に帰ろうか……と言いたいんだけど、今日買い出し行かなきゃいけないんだよね」
「買い出し? わざわざここで? 地元のスーパーじゃ駄目なのか?」
「いやー、最近気づいたんだけどこっちの方が安い商品多いことに母さんが気づいちゃってさ。『買うならそっちで買え』だってさ」
 まあ、全国のお母さんたちからしてみれば十円二十円の差は結構重要なんだろう。おかげでこうして一人がこれから大変な苦労することになるわけだが。
「それじゃあまたメールでね」
「おう」
 軽く同情しながら薫が立ち去ったのを見送り、帰路につくためにバス停に向かおうとしたところでまた俺の携帯にメールが来た。
『たいがくん じゃがいもと にんじんと にくと かれーこ ないのでかってきてください』
 じゃあ逆に家に何があるんだよ。そしてカレー粉ないのにどうしてカレーを作ろうと思ったんだよ。
 そう心の中で叫びつつ、俺は剣道具を背負い直して薫を追いかけて価格の安いスーパーに向かうことにした。