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千尋ちゃんと大河くんと薫

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○ 上沼千尋の視点

 秋のとある放課後のことだった。
 帰りのホームルームの直後にタヌキみたいな我が二年一組の担任に捕まった。
「クラス分の進路冊子の作成なんだが……、今日の放課後頼めるか上沼」
 私は知っている。うちの担任が『頼めるか○○』と言った時は、依頼ではなく命令だということを。
 そしてこのクラスのクラス委員で帰宅部の私は、その命令を拒否する口実はないということを。
「……わかりました」
 クラスの友人たちに手伝いを頼むと、あっさり『カラオケ行くから無理』と拒否されてしまった。
「(なんというか、せめて私のいないところで内緒で行くとかにしてくれないかな。真っ向から私抜きで行くとか言われると若干落ち込むんだけど)」
 ほかに雑用の手伝いを頼めそうな連中はさっさと帰り、掃除当番の連中も帰ったところで、私の教室には私と大量の紙の束とホッチキスと――、
「ほかの人は? 残ってくれなかったの? 」
 奇特なことに残ってくれた、クラスメイトで幼馴染の神崎薫だけになっていた。
「薄情にも帰ったよ」
 私は掃除が終わるまでこれみよがしに書類を抱えて教室の角に立っていたのだが、結局残ってくれたのはこの幼馴染だけだった。
 別にこれは、みんなが東京のコンクリートジャングルに住んでいることによって心が荒んでしまっているからであって、決して私に人望がないとか友達が少ないとかそういうわけじゃない。そう思うことにしている。
「千尋はさあ、帰宅部なんだしもっと人付き合いしっかりしなよ。浅く広くじゃなくて」
「うるさい。人に押し付けられてクラス委員やってるような奴がそんなことできるか」
「友達紹介してあげようか? 」
「友達いない奴は負け組みたいな言い方はやめて」
「卒業アルバム、空白だらけでいいの? 」
「別にいいよもう」
 この神崎薫というのはさっきから言っている通り私の幼馴染だ。
 中一からの付き合いで、どっちつかずな口調と服装のせいで男なんだか女なんだか区別がつかない。制服を着てないと本当に見分けがつかない。でも性格は良い奴。
 家はそこまで近くないが途中まではバスが一緒の仲で、一応この五年間ずっと同じクラスだったりする。この高校にはもう一人同じ中学の幼馴染である安達大河というのがいるのだが、男だしクラスも変わってしまったので若干疎遠になってしまっている。大して仲も良くなかったから必然とも言えるのだけれど。
「というか、薫って今日は弓道部出なくていいの? 」
「今日は顧問が風邪で休んでてそのまま部活は休みになった」
 ほう。
 つまり薫は、わざわざ出来た休みを私のためにわざわざ使ってくれるというのだ。
 なんていい人なんだ超嬉しい。
 いや、友達だから割と普通の行為なのかもしれない。というか悩んじゃうところが私の人付き合いが少ない証拠なんだろうか。
「さて、とっとと始めてとっとと終わらせよう」
 そう言って、薫は教室角の机を百八十度回転させて後ろの机とくっつけた。
「ほら、その手に持ってるの置いて」
「あ、うん」
 私は言われた通りに、抱えている紙の束を机の上に置いた。
「で、これどうやって作るの? 」
 薫の質問に、私はテキパキと答える。
「紙の間にポストイット付いてるでしょ。それがページの区切りなんだって。それを一枚ずつ取っていて八枚の束にしたあとにホッチキスで左側を止めて、製本テープを針の上から貼るの」
「りょーかい」
「じゃあまずはページごとの山に分けますか」
 私はポストイットで区切られた山を崩して隣の机に運び、それが終わると立ちながら山から一枚ずつ紙を取って八枚ごとの山を作り、元の角の机に縦横の段違いにしながら積んでいく。
 薫もそれに習って山を作って積んでいく。
「なんていうか……千尋手馴れてるね」
 作り始めて五分ほど経ったところで薫が呟いた。ちなみに薫が一束作る間に、私は三束作っている。
「そりゃあ、伊達に中学三年間クラス委員やってませんから」
「あーそういやそうだったね」
 もっとも中学三年間もずっと押し付けられてやってたので、身につけたくて身につけたスキルではないのだけど。
「中学といえばずっと図書室に通ってたよね? 図書委員とかなりたくなかったの?」
「あー、いや別に本が好きで通っていたわけではないし……。暇つぶしっていうか」
 実は暇つぶし以外の別の理由があったのだけど、それは別に言うほどのことでもないので伏せておく。
「薫こそ、よく図書室行ってたじゃん」
「あれは司書の先生と仲良かったからだよ。本読みに行くんじゃなくて先生と雑談したかっただけ」
「……はー、なんか積年の謎が解けたわ」
 そしてそれを聞いて心がモヤモヤする自分がいることにも気づいた。
 もちろん表には出さないけれど。
 その後、最近マイブームの肉まんやらの雑談している内に、約四十の束を作り終えた。
 私たちは一旦角の席に座って一息ついて、第二段階の作業であるホッチキス止めに取り掛かった。
「ホッチキスって左側だよね? いくつ?」
「二つ。間隔とかは相当下手でない限り直さなくていいよ」
「了解」
 私と薫はそれぞれホッチキスを持ってカチカチと止め始めた。
 カチリカチリ、と静かにホッチキスの音だけが教室に響く。
 さっきの束作りと違って、ホッチキスは失敗すると面倒なことになるのでなかなか意識を雑談に向けづらい。
 一応束は三組み多めに用意されていたので、三回までならミスはしても問題ない。
 だが、
「(……さてどうするか)」
 ホッチキスで束を止めながら、私は考えていた。
 私は友達が少ないくせに無言の空間は耐えられないタイプなので、薫とは少しでも会話がしたい。
 いろいろ考えて、さっき肉まんの話題が出たことを思い出して、『最近プレミアム肉まんとか言うめっちゃ高いやつが出たんだよー』という話題から入ろうとした時、薫の方から話しかけてきた。
「千尋ってさ、彼氏とかいるの?」
 カチ。 
 ミス一回目。間違えて束の真ん中を止めてしまった。
 私は無言でそれを作業している机の中に入れると、予備に作っておいた三つの束のうちの一つを取って、ホッチキスでそれを止めた。
「……本当にいるの? 」
「いない! 」
「じゃあ好きな人はいるの? 」
 カチカチ。
 ミス二回目。間違えて束の右側を止めてしまった。
 私はまた無言でさっきと同じことをした。
「なんでそんな漫画のキャラみたいな動揺してるの? 」
「あんたが驚かすからでしょうが! 」
「そんな驚かすようなことじゃないと思うんだけど……」
 まあ確かに、普通これくらいの話題で動揺するのなんて小学生くらいなのは認める。
 だけど、前触れも無くこんな話題を振る方にも問題があるのではないかな。いやあるね。
「でも、千尋にそういう人がいるんなら少し気になるなあ……みたいなね」
「いないいない! ほら、とっとと終わらせる!」
 私は会話を諦めて作業に集中することにした。この話題を掘り返されるのも嫌だし、何よりもう一回しかミスできないので、作業に集中しなくちゃいけない。
「あ、ひょっとして幼馴染の――」
 カチカチカチ。
 ミス三回目。間違えて左側を三箇所止めてしまった。