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田 ゆう(松本久司)
田 ゆう(松本久司)
novelistID. 51015
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久保学級物語(後篇)

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(4) 一方、タダシもまた数奇な運命を辿ることになるが、数奇と言うのは、あの日の便器騒動に関わった彼が生涯を通して開発を重ね完成させた屎尿浄化処理装置を世に問うことになるからである。タダシは高校卒業後、叔父の手伝いをするために奈良県の山あいの村に移り住んだ。
 叔父はそこでヤマメやイワナの養殖を手がけていた。谷川から引いた澄んだ水が生命線であるが、強雨のあとはしばらく用水の濁る日が続く。そのため養魚池の手前に礫を敷き詰めた水槽を置き、そこを通過させて濁水を浄化させていた。
 ある初夏の日、タダシはいつもどおり鮮魚を届けるため下流にある老舗の旅館に行ったとき、足元から腐敗臭がするのを感じた。今、自分はこの旅館の浄化槽の上に立っている。ところどころ、マンホールの蓋らしきものがあるが一面が芝生で覆われていたので気付かなかったのだ。腐敗臭は気になる、そこでタダシは浄化槽の放流先である谷川のヘリまで降りていった。予想通り谷川の水は、排水が合流する地点で濁っていることが確認できた。
 それからは、タダシは浄化槽のことや排水基準のことについて勉強し始め、その旅館の浄化槽が標準活性汚泥法であることを知った。そして、その浄化槽の排水基準の上限を超えない水質が、かくも汚れたものであるかを目の当たりにして考え込んだ。確かに、浄化槽は汚泥の引き抜きや活性汚泥の状態など管理が十分に行われないと浄化能力が落ちる。たまたま、そういう時に巡り会ったのかもしれない。しかし、タダシには、そもそも浄化槽の排水処理基準値自体が高すぎるのではないか、これでは清流魚は育たない、その一点に思考が集中したのである。
 タダシにはすぐにあるアイデアが浮かんだ、それは礫を敷き詰めた水槽である。そこを通せば浄化できる、そう考えた彼は早速、旅館に今までの状況を説明し、あくまで実験という名目で許可をもらった。浄化槽から放流先までの数十メートルの間に二本の礫層の水路(トレンチ)を敷くことに着手した。その効果は抜群であった、処理基準値を十分の一の値まで落とすことができたのである。
 タダシはそれを毛管浄化槽と名付け、さらにその水槽の上に土を被せ、水中の微生物だけでなく、土壌中の微生物も浄化に寄与させることにした。いわゆる土壌式毛管浄化槽の走りである。しかし、この装置は浄化槽の後の2次処理装置に過ぎなかった。
 次に、彼がやったことは、標準活性汚泥法の浄化槽そのものを土壌式浄化法に変えることであった。装置をできるだけ小さくするためには礫層を深くする必要がある。礫層の下の方は酸素のない還元層とし、上の方は微生物が生育する環境を作るため酸素を供給する必要がある。そこで、ブロアーによる曝気を行う装置を作り土壌式接触曝気法と命名したである。
 しかし、彼のこの装置は世間からなかなか認められなかった。その一因は礫層の目詰まりにあるらしい。タダシは目詰まりなど起こらないと反論したけれども証明ができない。そこで、彼は万が一目詰まりが起こった場合、礫を洗浄する装置、逆洗ノズルを設置することを考え出したのである。

 思えば、マモルはお尻を洗浄するノズルを開発し、タダシは礫を洗浄するノズルを開発したことになる。偶然の一致とは言えないような二人の業績は、まちがいなく、あの便器騒動の日の久保先生の言動に起因していることは疑いようがない。優秀な人材を育てることではない、実直でやさしい人を育てるという先生の教えが二人を導いたのであろう。