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田 ゆう(松本久司)
田 ゆう(松本久司)
novelistID. 51015
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久保学級物語(前篇)

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3) クラス会が長寿なのは先生の人柄によるがその人徳に引き寄せられた生徒の結束力の強さも負けずに劣らないものがあった。50人の生徒はたまたまひとつのクラスに集められたに過ぎないが、後になってみれば多士済々たるクラスの一員として幼少期を過ごしたことを感謝せずにはおれない。その頃の話であるがクラス会の文集に掲載された自伝の一部をここにあげてもう一度幼少期の自分を見つめ直す機会にしたい。

 『4年生のときだったと思う。O君と二人で田辺から平野線に乗って恵美須町まで行き、松坂屋の屋上で遊んだ。俺は彼に、帰りの電車賃5円を使ってしまったので帰りは歩いて帰ろうと嘘を言った。彼は頷いて帰りの電車賃に取っておいた5円を使ったのを俺はしっかりと見届けた。二人で恵美須町まで戻り隠し持っていた5円で切符を買った。彼は改札口に残されたが俺は振り向かずにさっさと電車に飛び乗って帰った。
 次の日、学校でこんな噂を聞いた。昨夜、夜になっても帰らない彼の家では大騒ぎとなり警察沙汰になった。その噂によると彼は浜寺あたりで保護されたらしい。平野線に沿って戻るところ、間違って阪堺線沿いに浜寺方面まで行ってしまったのだろう。田辺よりずっと遠い浜寺の地で力尽きたのかも知れない。俺はずっとこれが真相だと信じていた。
 しかし、警察沙汰の話が疑わしいのは俺のところに事情を聞きに来たという覚えがない。親から叱られたり、担任から注意を受けたりした記憶もない。だとすると彼は駅員に事情を説明して電車に乗せてもらったのかも知れない。いや、それも違うような気がする、そんな機転の利く子ではない。
 そこで結論はこうではなかろうか。O君は「ちび」である。人ごみに紛れて改札をすり抜けることぐらいわけはない。きっと無賃乗車したに違いない、彼はすぐ後の電車で無事に帰ってきたのである。だから俺はお咎めなしの無罪放免と言うわけだ。』

4) 「お咎めなしの無罪放免だ」なんて甘い考えは捨てたほうがよい。最後には自分に降りかかってくるハメになるが前述の行動も例外ではなかった。ところで、O君に対する私の行為はどこから来たのか、いくら考えても動機は不明のままである。子供のいたずらというには悪意に満ちている、初めから彼を陥れることを目論んでいたフシがあるからだ。この頃の私は間違いなく悪党であったが久保先生はそれを見過ごさなかったのである。この事件の顛末は4年の担任から5年の担任へ申し送られたのである。前回掲げた自伝は次のように結んでいる。

 『今思えばぞっとするような話だ。もし彼に何か起こっていたら俺は違った人生を歩んでいたかも知れない。ところで彼は俺に騙されて、ひどい目にあうところだった。いや、実際にひどい目にあったのかも知れない。彼は人並み外れたお人好しであったが、その出来事は親に語っただろうし学校にも伝わったはずである。友達を置き去りにしたことは紛れもない事実であるし、そのことで彼に謝罪した記憶もない。この一件は久保先生もご存知ではなかったか、つまり俺の悪党ぶりのことである。』

 ある時、教室で先生に対して何気なくつぶやいた言葉がきっかけで先生から厳しく叱られ、みんなの前で謝罪させられるハメになった。それは屈辱的な出来事であったが、私の言葉自体が問題だったわけではなく私の悪党ぶりをこのまま放置しておくことが問題だったのであろう、先生はこの機会を逃さず私に善悪の何たるかを理解させようと試みられたのである。あの事件のことは一切触れずに、しかし私にはそれとなく分かるように悔悟の情が確認できるまで長時間叱られ続けたのである。