愛き夜魔へのデディケート
根拠も何も全くないが、私はユーリエは一連の事件に関わっていないと思っている。ユーリエとストリゴイという二つの点が線で繋がる理由が、私には見当もつかないからだ。
オズワルドにおいて広く知られているストリゴイといえば、やはりシビリーとヴィルギニアのハーケンベルグ姉妹である。以前私はとある人の紹介でイワンワシリーの茶会に招かれ、実際に二人に対面したこともある。
しかし私が抱いた彼女達の第一印象は、このストリゴイは随分小さすぎないか、これでは人を死に至らしめる事が出来るほどの血は飲めないじゃないか、だった。
それについてふと気になった私がさり気無くイワンワシリーの住人の夜魔の一人に聞いた話ではシビリーは超が付くほどの小食で、直接人から血を飲んでも対象を殺す事は出来ず、精々貧血を引き起こす程度が関の山だという。
……そう考えれば、間違いなく彼女は容疑者からは外れるだろう。では妹のヴィルギニアはどうかというと、それも疑わしい。ヴィルギニアがイワンワシリーから出て来ることは滅多にないと聞いているからだ。
(まさか、アンジェルが…………?)
可能性なら充分ある。イワンワシリーのメイド長にして、唯一の人間であるアンジェル=シガン……。聞く所によればアンジェルはシビリーの夜伽役でもあり、毎夜彼女は主たるシビリーに己の血を、絶やす事無く与え続けているという。
ならば将来的にアンジェルも主と同族となるだろう。いや、既になっていても可笑しくはない…………。仮にまだ彼女が人の身体を留めていたとしても、そこらの弱い術師ならば何らかの方法で打ち倒して、主の元へ運んで行く位は出来るかもしれない。
事が済んだら朝が来る前に何処か辺鄙な場所に吸殻を捨ててしまえば一丁上がりである。時空さえ制御出来るアンジェルなら十分可能な事だ。
だが、いずれにしても、ユーリエだけは一連の事件には関与していない…………そう信じたかった。
しかし……私の切なる願望にも似た不確かな推測は、まさに一撃の元に打ち砕かれる事となる。
「うわぁああっ!!」
不意に闇の中から男の悲鳴が……何か恐ろしいものに直面し、誰かに助けを求める為の悲鳴が宵闇に響き渡った。
一体何事だ? 悲鳴に恐れを感じた私は一刻も早くここから逃げ去ろうと思い立ったが、生まれつきの好奇心はこの身体を押さえてはくれなかった。
何よりその耳で救いを求める悲鳴を聞いたのだ。声の主が誰かは知らないがこうして悲鳴を聞いてしまった以上、私が助けなければならないだろう。
舗装もロクにされていないデコボコした山道を何度もつんのめりながら駆けぬけ、辿りついたのはこの辺りでも一際広い場所。簡素なベンチやテーブルが周囲に並び、主に山歩きを楽しむ人達が休憩所として使っている広場である。
その下、燦燦と降り注ぐ朧月の蒼白い光に照らされていた、二つの人影。月明かりのお陰で明るさは充分にあるそこに、じっと目を凝らす。
作品名:愛き夜魔へのデディケート 作家名:小鎬 三斎