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愛き夜魔へのデディケート

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「嘘…………っ」
 そこにいたのはブロンドの髪の少女。純然たる黒に染まったワンピースに紅い腰リボンをあしらった服、純白のベレー帽を被った少女。
 天使のそれにしてはあまりに禍々しく、悪魔のそれにしてはあまりに神々しい白銀の大きな翼を背負った少女が、先程の悲鳴の主と思わしき男の術師を見下ろしている。
「あぁ〜っ、全くオスの術師の血っていうのは不味くて仕方ない。やっぱり血は年頃の女のものに限るな…………」
(血、ですって? まさかこの娘、ストリゴイ……なの…………!?)
 すぐにそんな疑問が浮かんだが、その少女のシルエットはシビリーのそれでも、ヴィルギニアのそれでもなかった。まさか彼女が新たにオズワルドに現れた、ノーラの言っていたはぐれストリゴイなのか?  
「久しいな……ヴィオラ。二ヶ月ってのは長いものだ…………」
 少女の顔を直視した私は思わず眼を見開いた。血色が抜けて青みがかった白い肌。濃く陰のかかった目元と、血が滲んだような薄い唇から覗く長く鋭い犬歯。そして、今も激しく、そして妖しく光り輝く、この世のどんな赤よりも紅い両の瞳。
 人間であればまず持ち得ない顔をした少女の声は、、今日この時まで求めてやまなかった、黒い術師の声。
 幾度も、それこそ穴が開くほど少女を凝視して、ようやく私は彼女が……私の知るユーリエ=フローマーであることを悟る。
 とはいえ、今の彼女の魔力の質、そして私自身が強く惹かれた魅力のようなものは、既に人のそれを留めてはいなかったが…………。
「ユー……リエ…………」
「どうした、そのボケッとした面は。そんなにストリゴイ(わたし)が珍しいかい…………絲遣いのヴィオラさん」
 白と黒の脆弱なりに一生懸命術師のふりをしていた人間から、紅と黒の混濁たる闇を心身に宿す、紛れもないストリゴイのそれと成った少女の姿を認めた私の中に、あらゆる感情が込み上げる。
 今まで一体何処で何をしていたのか。何故二月もの間皆の前に姿を現さなかったのか。そして何故、どのようにして今のような姿となり果てたのか…………。
 聞きたいことはそれこそ山ほどあった。だが、私が一番最初に少女に問うた事は…………。

「酷い……どうしてこんな事を…………っ!」
 よりにもよって私が最初に問うたのは、ユーリエの足元に倒れたままぴくりともしない男……。恐らく彼女がその手に掛けたと思しき術師についてのことだった。
 まるで全身の水分を残らず吸い尽くされたかのように完全に干からびて浅黒く変色し、硬化してしまった肌。白目を剥いたまま夜空を仰ぎ続ける眼。
 ユーリエの足元に大の字に倒れた彼の術師が息を吹き返す事など、二度と無い事は明らかだった。ユーリエは先程まで術師であった男の脇腹に蹴りを入れ、それを受けて宙を舞った男の亡骸は闇の中に消え去った。
 明日になればこの辺りに差し込む日の光によって男の身体は骨も残らずに、灰となって消え去る事だろう。
「こいつはたまたまそこにいただけだ。ここらでちょっと騒ぎを起こせばお前は必ず飛んでくるからな」
 たまたまそこにいただけ…………。すぐに分かった。私に会うためなら、私を誘き出すためならば襲う対象は誰でもよかった。
 ……それが今日はあの男だった、それだけの事。思わず胸が怒りで膨れ上がる。
「だからって……だからって、こんな手段を取らなくてもいいじゃない! いつもみたいにノック無しで家に普通に来ればいいでしょう!? それなのに…………っ」
「分かってないな……それじゃ面白くないだろう?  折角の再会、これくらいのサプライズがあってもいいと思うんだが」
 しゃあしゃあと私の方を見ずに語るユーリエは更に続ける。

「ヴィオラ……お前にも話したよな。私はいつかオズワルド一の術式使いになるのが夢だった。その為の研究は一日たりとも欠かした事はなかったし、修行と称する悪魔狩りにも、専門家であるファニー以上に力を入れていたつもりだった。ヴィルに出会うまではな」
「ヴィル……ヴィルギニア=ハーケンベルグね。あの娘がどうしたのよ」
「あぁ……アイツに教えられたのさ。幾ら努力を堆く積み上げても、生まれつき天賦の才に恵まれていても、人間という器には限界がある。意外かもしれないがヴィルのヤツ、生まれつきののストリゴイのくせに人の血を上手に吸えなくて、ずっと苦しんで来たんだ……」
「何なのよ……ユーリエ」
「そんなヴィルに愛されて、私もアイツを愛して、やっと気付いたよ。結局人はちっぽけな存在である事。妖でさえ滅びの運命からは逃れられない事。矮小な自分にも誰かの為に何かが出来るという事……だから私は、ヴィルに血を与えた…………」
 そう語るユーリエの首にははっきりと、ヴィルギニアのものと思しき紅い二つの牙の痕が残っていた。
「成る程……要するに貴女は二ヶ月もの間ずっと、出血多量で死んでいたって事ね」
「あぁ……そしてその結果がこれだ。まさか本当にストリゴイになってしまうとは予想外だったが、慣れてしまうとこの身体も便利なモンだよ。オズワルド最速と云われる竜騎士(ドラゴンナイト)の速度にも十分追い付けるし、今までどれだけ努力しても持てなかった系統の術式も使えるようになった……」
 まるで何処かの趣味の悪いB級映画のような話だ。ふと見るとユーリエの体からは、ぼんやりと紅い煙が絶えず放たれている。恐らくは彼女が持つ魔力が形を為したもの…………ストリゴイ化という現象の賜物であろう。
 その紅い魔力の波長……それは以前、とある因果でシビリーと相対した時に感じたそれに似ていた。
「ユーリエ……貴女…………っ」
「どのみち私はもう人間には戻れないし、真なる術師にもなれない。だけど、今の私には悠久に近い時間がある。人間ならそれを知る前に寿命が来てしまう複雑な研究にも十分堪え得るんだ…………それに」
 そう言うと彼女は懐から黒い短剣を取り出す。あれは……主に魔術の儀式に使われる“アサメィ”と呼ばれる剣だ。当然殺傷力は皆無だが、それは一般的なペーパーナイフ程度の切れ味なら十分備えている代物。
「こんな面白い能力も身につけてしまったからな」

 腕にアサメイの切先を押し当て、それを一気に縦に走らせたユーリエの腕から鮮血が迸った。そこから吹き出したそれらは重力を無視して宙に浮き、彼女の周囲にふわふわと漂っている。
 大きく腕を切り裂いた際の痛みを感じていないのか、澄ました顔のユーリエがそれらに右手を翳すと……滴ったユーリエの生の証は無数の刃に姿を変え、一斉に襲いかかって来た。これは…………。
 間違いない。かつてイワンワシリーの茶会の際、気紛れにシビリーが見せてくれた術式の一つ……確か名前は緋の劔(スカーレットエッジ)だったか。それを、ユーリエが今、使って見せたのだ。
「人や妖の血を介し完全ではないにしろ相手の魔力を得て、それを己のものとする……これが私の新たな力。さしずめ簒奪(スティール・マジック)とでも言えばいいかな。術式の幅を広げるのにこんな便利な能力はなかなか無いぞ?」
「……ユーリエ、その術式はシビリーのものね。まさか、貴女…………!!」