愛き夜魔へのデディケート
「なんなのよ、ファニーったら…………」
悔しい事この上ない。折角ファニーからユーリエの行方を掴めるかと思ったのにその答えは断片的なそれでしかなく、しかも決して探すななどと軽い脅しのような事を言われてしまった。全ては私の事を思っての事かもしれないが、やはり納得がいかない。
酔った振りをして宴の席を離れ裏の墓地で一息ついていた私の眼前に、黒い少女の姿が飛びこんでくる。
「おや。ヴィオラちゃん! もうカレオツでしゅか」
「何よ……誰かと思ったらいつぞやの瓦版屋じゃない。言っとくけどユーリエの行方に関する取材ならすぐに拒否させてもらうわよ? 私が一番知りたいくらいなんだからね」
「分かってましゅよぅ。しょの……宜しぃければ隣! グッドでしゅかね」
「構わないけど」
言うが早いか、すぐさま黒い少女……ノーラ=クレソンは、私の隣にそっと腰を下ろした。
私達が遠巻きにぼんやりと眺めている礼拝堂の方では今もノリのいい人間達の酒盛りが続いている。そしてさらに浮かれ騒いだ一部の者の手合わせもまだ続いていた。
お気楽とか能天気を既に通り越して、軽薄でいい加減な彼女等の痛々しい様を遠巻きに見ていると、やはり溜息を禁じ得ない。
「はぁ〜あ…………こんなに騒がしい少女等と一緒だと、酒も全然回らないわね…………」
「まぁ確かに。でもユーが酔えない理由はしょれだけじゃないでしぃょう! ヴィオラちゃん?」
ノーラは仕事柄作りなれていると思しき不敵な笑顔を、そっと私に向ける。この千里眼娘、どうやら全てお見通しらしい。
なるほど、流石は摂理の目(スペクタクルズ)の術師様。心の中でそう彼女を毒づいて私は答える。
「まぁ……ね。ユーリエの事とか、連続失血死事件とか色々と」
「なるほど。でもユーリエちゃんに関るーすーコトなら兎も角! どうしぃてヴィオラちゃんが失血死ヤマの事を知ろうとるーすーんでしゅ」
「私が次の犠牲者にならないとも限らないでしょう?」
「あぁ〜! しょりゃ言えてましゅねぇ」
「そう言う貴女は心配なさそうね。で、さっきそれに関してさり気無くファニーに聞こうとしたんだけど、それも叶わなくてさ」
「りーむーもありましぇん。かーしむからファニーちゃんはしょういう説明的な事は苦手みたいでしゅからねぇ。一連のヤマについてファニーちゃんが動かない事についてあーしもちょろっと訪ねたんでしゅけど……結果はヴィオラちゃんと同じでしぃてね」
遠い目でノーラはそう言った。事件について一番有力な手がかりを持っているであろうファニーから答えを聞き出せなかった事が悔しいのだろう。何となく共感に似た感情を憶える。
「まぁ……今までのヤマで共通しぃているのは! ホシは全員体内の血を全て抜き取られて殺しゃれているって事だけでしゅね。こんな芸当が出来るのはやはり! 夜魔の中でも上位の吸血種……ストリゴイらいくーのものでしぃょう」
ストリゴイ? まさか。夜魔と呼ばれる者でも強大なストリゴイと呼ばれる存在ともなると、人間を直接襲う事はこの世界の守護者である術師の賢者達により固く禁じられているはずだ。まして、オズワルドのヒエラルキーにおいて人間よりも遥かに上位にある術師に彼女等が手を出すなど…………。私が反論するよりも早くノーラが口を開く。
「ところで! ヴィオラちゃん……。かつてオズワルドの術師と! ストリゴイとの間に交わしゃれた契約…………ご存知でしゅか」
「えぇ、少しだけなら。つい最近イワンワシリーの主の手で改定された、術師とストリゴイ双方の食料となる人間に関するアレでしょう?」
「しょれなら話がやいはーでしゅね。実を言うと……あの契約には穴があるんでしゅよ。しょれこしょ帆船も通れる大きな穴がね…………」
……どうにも、釈然としなかった。宴を終え、暗い山道を一人家路についている間も、私はずっと先程までのノーラとのやりとりを反芻していた。
遥か昔に……少なくとも私が生まれる前に西国から現れたストリゴイとファニー達オズワルドの権力者の間に交わされ、デメテル湖の辺に建つ夜魔の街……イワンワシリーの主であるシビリーによってつい最近改定された契約。そして、そこにある“穴”。ノーラによればそれは術師の血だという。
あの契約の内容は改定以前も極めて力のない人間寄りなそれであり、人でありながら人のそれから遠くかけ離れた存在たる術師の血に付いては全くノータッチだったのだが、昨今の改定でもそこには殆ど触れられていなかった。言ってしまえば、あの契約の大意は“ストリゴイはオズワルドの人間を直接襲ってはいけない”だけである。
逆に言えば力を持つ術師であれば幾らでも襲っていいという、改めて考えて見ると恐ろしく手前勝手な契約なのだ。
当然といえば当然と言えるかもしれない。ストリゴイを始めとする、一般に夜魔と呼ばれる人外の者が人を襲い、人間とは区別された存在である“力”を持つ人間……術師がそれを狩るという原則がある事で、このオズワルドの秩序は守られているのだ。
まぁあの我侭を絵に描いたようなイワンワシリーの主が考えた内容ならば十分納得がいくが。しかもそれはご丁寧に絶対に破ってはいけないというオマケも付いているのだから、度し難いことこの上ない。
あまつさえ、夜魔を狩る存在である術師すらも、一部の人間からは恐れられ、討伐の対象となっている現実もある。
人間、夜魔、そして術師。それぞれの関係はあまりに複雑で、奇っ怪で、混濁たるそれなのだ。
(なるほど……これは確かに大きな穴だわ。ストリゴイは今日まで術師を襲えないのではなく、自ら彼女等を避けて襲わなかっただけだったのね)
(しょりゃしょうでしぃょう。いつかのストリゴイ異変は術師の中でも最強クラスの者が力づくで解決しぃたって話でしゅから)
(んで、契約が結ばれたのはいいけれど、それはストリゴイと術師が人間を食物とする事を前提にしたものだった。術師はまさか自分達が襲われるとは夢にも思っていなかった…………。ノーラ、それが貴女の言う穴ってわけね)
(えぇ。しょしぃてしょの術師達の過信という穴にいち巻きで気付き! 術師の血のみを糧とるーすーはぐれストリゴイ……恐らくは新参者のストリゴイがいる! あーしはしょう思っているんでしゅ)
(へぇ……でも、それと一連の事件、そしてユーリエに何の関係があるのよ)
(分かりましぇんけど! あの契約が改定しゃれるという大事が起きた時期を考えると関係が全く無いとも言い切れないんでしゅよ。しょれに関しぃては今後も取材を続けて行くつもりでしゅけどね)
「あぁぁぁ…………っ」
頭の中の靄がどんどん濃くなり、仕舞いには痛みすら憶えるようになる。事件について考えれば考えるほど、謎は深まって行くばかりだ。
ユーリエの消息とイワンワシリーの関係を匂わせたファニー。一連の事件とユーリエの失踪に対し二度のストリゴイ異変、そしてかつての契約にある穴を引き合いに出したノーラ。だが結局、ユーリエと事件との関係はそのノーラですら分からないままである。
作品名:愛き夜魔へのデディケート 作家名:小鎬 三斎