愛き夜魔へのデディケート
「あぁ、シビリー様の血も吸った。普通ならストリゴイ同士で血を吸い合ったりすると拒絶反応が起きて身体がボロボロに壊れちまうらしいんだが、どうやら私は特別製みたいでね…………何故かそれは起きなかった。ひょっとしたら奇跡みたいなもんかな。そうそう、ついでにこんな事も……」
…………紅い魔力がユーリエの手元に集まり、一振りの大きな剣の形を為す。甘く見積もって六尺はあろう歪な形の黒い剣……ダインスレイフ。ヴィルギニアが振るうそれにあまりにも酷似していた。
いや、実際はオリジナルと多少の相違点はあるものの、かなり特徴は捉えている。ユーリエが全身の力を込めてそれを振り上げると無数の火の粉が辺りに散らばり、そして消えた。それが意味するものは最早ここで語るまでもなかろう。
「シビリー様やヴィルの血は大術式使いという私の夢の為に大いに役立ってくれた。ヴィオラ……お前の血に宿る魔力も、私の術式の幅を大いに広げてくれそうだ…………」
(術式の幅を広げる…………その為に!?)
その為だけに貴女は今日まで、オズワルドでも力のある術師達を次々とその手に掛けてきたというのか。しかもあろう事か同族であるシビリーやヴィルギニアまでも。そして今、今度は私の力を得るためにこうして…………!!
「ふふ……うふふふふ…………」
「どうした? 怖くてとうとうイカれたか……?」
「ふ、ふふ……あはははは! こりゃ傑作ね。どうやら私が知ってるユーリエはヴィルに殺されてた。そしてそんな事も知らずに私はずっと貴女を思い続けた…………! 我ながらとんだ道化だわ、あはっ、あははははは…………!!」
自嘲から来る狂気の笑いを漏らしながらも、私は心に高揚感を憶えていた。今となってはヴィルギニアに感謝してやりたい。
こうしてユーリエを人以外のものにしてくれたおかげで……彼女に対する一切の容赦も手心も、その必要性が失われた。
「いいわ……相手になってあげる。ここ最近モヤモヤしてた気持ちも、この場で貴女を木端微塵にすれば少しは晴れるかもね!!」
「ハッ。嬉しいよ……お前がその気になるとはな。だったら精々楽しもうか…………“絲師(アトレイシア)”、ヴィオラ!!」
上空から……朧月を背負ったユーリエから放たれた火の玉が、大地に叩きつけられる。術式使いとストリゴイの少女、それぞれの命をチップとした手合わせが始まった瞬間だった。
先程の先制打の衝撃をかわして真正面から対峙し、じっと様子を窺う私。人より少しはよい頭脳をフル回転させて、ユーリエがどう攻めるかを予測してその戦術に会わせた攻撃体勢を整える。
勿論私の戦い方は……そう、いつもの絃術タイプのパターンから派生する攻撃だ。一人の相手には此方も一人で立ち向かう、そんな愚を犯すような真似など私は決してしない。
左舷、右舷、背後、そして前方……。あらゆる方向に絃を張り詰め、相手が攻めこむ隙も安全地帯も絶対に与えないポジションを作る。
弾丸の密度を増やし、避ける隙を封じれば神聖な決闘たる手合わせは成り立たなくなるやもしれないが、そんな綺麗事など私に言わせれば無様にバタバタと倒れていった者達が語る“敗者の論理”に他ならない。どんな狡からい手を使おうが、どれほどの勢力で立ち向かって圧倒しようが、正しいのは勝利した方だ。
そう……私は証明しなければならない。人の理屈がもう通用しない、かつて人であったストリゴイの少女に。彼女への睥睨の視線に揺ぎ無い意志を込める。
「なるほど、典型的な絃術タイプ……お前らしいといえばお前らしいな。だけど……その手の術式は決して無敵じゃない」
そう言うなり指をぱちん、と鳴らすユーリエ。あたりにその音が響くと彼女の背後から無数の紅い靄が生まれ、そこからゆっくり、しかし次々と何かが靄から這い出て来る…………。
私はそれに見覚えがあった。バレーボール大のサイズを持った巨大な瞳だけの体に、蝙蝠の足と翼が付いた魔物…………。アーリマンと呼ばれる下級悪魔の一種。
私と人形達はあっという間に彼女の者達に全方位を取り囲まれてしまった。懸命に闇に視界を巡らして、奴等がどれほどの勢力を持っているのかを確かめる。
その数…………測定不能。一瞬にして逆転した形勢に、冷や汗が頬を伝う。それでもショットをアーリマン達に向けて斉射し殲滅を試みるが、やはり数が多すぎてその全てを撃ち落す事は出来なかった。
ユーリエがその手を私に向けると、アーリマン達はその巨大な目から紅い光を撃ち放つ。それを受けた絃の結界は悉く紅蓮の炎を上げて燃え落ちる。
「あぁ…………っ!!」
「どうした。私を木端微塵にするんじゃなかったのか?」
悠然と背中の白銀の翼をはためかせながら、ストリゴイの少女は勝ち誇った様な笑みを浮かべていた。全身を冷や汗が伝う。やはり、勝負にならないのか……?
少女が人間だった頃ならば完全勝利とまではいかなくとも、決して後れを取る事だけはなかった筈だ。それが今はこれである。
(いや、まだだ)
……諦めるな。まだ手はある。そう自分に言い聞かせ、隠し持っていた一束の糸をそっと大地に埋め込む。
その後すぐに弧を描くようなダッシュでユーリエの周囲を右へ、左へ、また右へと飛び回り、威力は弱いものの魔力は然程消費しない、自らの魔力によるショットを絶えず浴びせかける。
「擽ってるのか……そんなやわっちょろいショットじゃゴブリン一匹倒せやしないぞ?」
余裕綽々のユーリエは軽やかに私のショットをかわしながら、掌から真紅のレーザーを撃ち出す。私もそれをコンパクトモーションでかわしながらも、なおショットを放つ手は緩めない。ほんの一瞬でもそれを止めればすぐに私のターンは終わってしまう。
ユーリエがその速さをもって反撃に転じる隙を与えないように自身のメインショットと、僅かに残った絃の波動が撃つサブショットで攻めたて、じりじりと相手を“一箇所”に追い詰めていく。
(ビンゴ!!)
ユーリエが“それ”に気付いた表情を見た時、思わず私の口元に笑みが零れた。
“それ”に…………。一連の攻撃をしかける前に用意しておいた絲の結界に念を込めると、耳を劈く派手な轟音と鮮やかな橙色の爆炎がユーリエの足元を襲う。
流石に死に至らしめるまではいかないが、この一撃で手足の一本や二本は軽く吹き飛んだだろう。私に攻めかかるための、そして己を守るための四肢。
そのいずれかさえ潰してしまえば、圧倒的だった戦力差も一息で覆る…………筈だった。
「爆発トラップとはやるじゃないか……暫らく見ない間に随分腕を上げたものだ」
……濛々と立ち込める黒煙と炎の中から、ユーリエが姿を現した。その涼しげな表情をほんの少しも崩さずに。
「う……くうぅッ…………!!」
思わず歯を噛み鳴らす。あれほどの爆発をその身に受けたというのに、彼女に殆どダメージはないらしい。
精々纏っている漆黒のローブが所々破れているだけだ。手足を吹き飛ばすどころか、かえって相手を逆撫でしてしまった事に気付く。
「なら、こっちも本気で行かせてもらう…………」
作品名:愛き夜魔へのデディケート 作家名:小鎬 三斎