二人の王女(7)
マルグリットは身を清めに行くと泉の奥へ行ってから、まだ帰ってはいなかった。
「あたしが見てきましょうか?」
あすかは立ち上がった。アークが何か云いたげであったが、あすかは云った。
「あたしはマルグリットと同じ女だから、問題ないでしょ」
確かにそうだ、とアークは頷いた。
「だが、気をつけろ。ここにも樹がある、精霊を起さぬようにな」
その言葉に、あすかは一瞬顔が引きつったが、それでも一人、泉の奥の方へと歩いて行った。
なるべく足音を立てないように、あすかは静かに樹々の間を通り抜けていった。一体マルグリットはどこまで行ったのか、辺りをきょろきょろと見渡しながら、歩を進める。そのうち、崖の傍で待つ四人の姿も見えなくなった。
急に、独ぼっちで居ることに不安を覚え始める。マルグリット、と呼びたい衝動に駆られたが、精霊に気付かれることへの恐怖の方が大きく、黙ったまま歩き続けた。
しばらく歩いていると、五十メートルほど向こうにマルグリットの姿を捉えた。肌着を身につけただけのマルグリットは、衣装を洗っているようだった。髪や身体についた毒は、すでに洗い落とされていた。
マルグリット、と名を呼ぼうとして、その言葉をはっと飲み込んだ。
マルグリットは、丸まった背の向こうで、嗚咽を漏らしていた。
―――泣いてるの…?
あすかは、何も黙ったまま、その背を見つめた。
いつだって気高く、誇りを持って堂々と佇む王女…マルグリットに、あすかはそういうイメージを抱いていた。しかし、考えてみれば、マルグリットもあすかと同じ年頃の少女なのだ。自身が毒に晒され、同じ運命を辿るかもしれないと考えたとき、恐怖に身を置かないはずがなかった。
あすかは、戻ろうかと思い踵を返した。そのときだった、ガサっと、草を踏む音を出してしまった。瞬時に、マルグリットが振り向いた。
「誰だ!」
逃げることはできなかった。あすかは、バツが悪そうにその場に立ち尽くすしかできなかった。
「アスカか…」
マルグリットは手で頬に濡れた涙を拭った。
「格好悪いところを見られてしまった」
「…ごめんなさい」
呟くように謝ると、マルグリットはいつもの凛とした表情に戻って云った。
「謝ることはない。しかし何故ここに?」