二人の王女(7)
「大丈夫です…少し休めば」
「どうしたの?」
あすかが訊ねると、アークが云った。
「防御壁を一時間近くも続けて築き続けることは、膨大な体力を消費する。私のせいだ…」
アークは頭を抱えて、その場に座り込んでしまった。
「今さらそのような戯言を云ったところで、何にもなりはしない。これからを考えるのだ、アーク」
キーチェが云った。その言葉に、アークも顔を起した。
「シェハ、王女の身体は大丈夫だろうか?」
ゼブラが眉をしかめて云った。シェハは馬の傍に腰を下ろした。
「マルグリット様の衣装には、あらゆる毒への防御術を掛けてはございます。しかし、今回の毒に対してなんらかの効果があるかどうかはわかりませぬ。もし毒に冒されたとすれば、早くて一日二日程度で症状が出る可能性があります」
「一刻も早く、ラズリーの花を採りにゆかねば…。毒に冒された人間の果てが、あのような結果になろうとは…」
周囲が冷静に物事を云い合う中、あすかはただ云い表せない恐怖を覚えていた。目の前で人間が爆発したのだ。散り散りになった肉の断片、地面にこびりついた血と紫色の液体、焦げた匂い…すべてが、自分の目の前で起こったのだ。毒に感染すると、辿る運命の先はあれなのだ。
夢だと思いたかった。しかし、もはや夢だとは思えなくなっていた。あまりにもあらゆることに、現実味を帯び過ぎていた。
―――もしあたしもあの毒に感染したのなら、あんな風に…
そう思うと、恐ろしかった。
「アスカ様、顔色がよろしくないですね。大丈夫ですか?」
そう声を掛けてくれたのは、シェハだった。
「シェハ…」
あすかは泣きそうになるのを堪えるように、下を向いた。
「貴女はこの国の者ではない、この非常事態に恐怖を抱かれるのも無理はございません」
「シェハ、人の心が読めるの?」
あすかは、思わず顔を上げて聞いた。シェハは困ったように、曖昧に笑って云った。
「心など、読めるはずもございません。しかし、その心に灯る色ならわかります。貴女のお心は、今恐怖と不安に満ちている」
心の色…心にも色があるのか。あすかは、自分の身体をまじまじと見つめてみたけれど、何もわからなかった。
「シェハは、もう大丈夫なの?防御術を使ったら、体力をひどく消費するって…」
「私は少し休みましたので、もう大丈夫です。心配なのは、マルグリット様です」