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白にんじん
白にんじん
novelistID. 46309
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冬月さんと、祝福の世界のもとで

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第二章 冬月さんと買い物


 目覚まし時計のアラームが鳴っているのが薄らぼんやりと感じられる。そ
れは強制的に重い鉛のような惰眠を振りほどいていく。
 俺は目を覚まし、ふらふらと居間にあたるスペースへ向かう。
 そこには不思議な光景があった。ほかほかと湯気がのぼる味噌汁がテーブ
ルの上に合った。二乃宮さんは時間的に作れないはず……では誰が? 今ま
でと違うことといえば、冬月さんがここに来たこと以外にはない。というこ
とは冬月さんが?
 そういう疑問は取り敢えず脇においておいて、味を見てみる。中々いける。
冬月さんなかなか料理うまいな……最も冬月さんが作ったとはまだ決定して
いないのだが……
 そうやって味わっていると制服姿の冬月さんが部屋から出てきた。学校で
見かけてもヘンな気持ちにならないのにこうやって見るとヘンな気持ちにな
るのは距離感の違いなんだろう、きっと。学校じゃあ周りに人がいて人口密
度は高いけどここじゃ一対一でそれは低い。それともヘンな気持ちになるの
は俺の妄想の産物なのだろうか?
「この味噌汁、冬月さんが作ったの? うまい」
「そう……よかった」
 会話こそ短いが、何故作ったのか半分わかった気がする。ここにいること
に気を使っているのだと思われる。
「毎朝頼むよ」
「……了解」
 冬月さんの目線は僅かに下を向いての答だった。しかしそこに拒絶の意志
は読み取れなかった。言葉の端々に微笑みがあふれていた俺はそれに少し安
心する。
「白いご飯は下にあるはずだ、二乃宮さんが炊いていてくれているはずだ。
取ってこよう」
 俺はそうやって言い、ご飯を茶碗に二つ盛って居間まで持っていった。つ
いでに箸も。
 その後二人で朝飯を食べた。特にこれといって話がうまい方でもないし話
題が多いわけでもないので何も言わなかった。改めて自分は協調性のない奴
だと思った。だが不思議と気まずくなかったのでよしとしたい。
 今思ったが、学校へ行くときは俺達二人、出る時間をずらしたほうがいい
だろう。世の中誰がどこで見てるかわからん。変に噂になったら腹が立つ。
 どちらともなく、テレビの電源を入れ、ニュースを見ていた。ニュースは
特にこれといって重要な事はなかった。今日も世界は平和だ。
 こうして考えると世界終焉なんて与太話か何かに思える。世界は昨日も今
日も明日も明後日もずっと一緒なんだって感覚にとらわれる。
 でも昨日、御厨姉は自分の目で確かめるといいさと言った。本気なのか。
それならそうしてやろうではないか。世界終焉でも何でも、この目で確かめ
るさ、俺はそう考えだした。
「学校へは何時頃出るんだ? ここからだと学校まで三十分強かかるな」
 俺はそう質問する。
「じゃあ私はそろそろ出るから」
 俺の思惑が伝わった、あるいは気づいたのか、はたまたそうではないのか
不明だが、俺の思惑通りになった。俺は五分ぐらい遅れて出発する。
 学校での冬月さんはあまり人と話さない。だからといって友達がいないぼ
っちというわけではない。クラスの数人かは友人であると認められる。俺が
認めてどうするんだという話でもあるのだが。
 今日の授業はあまり頭に入らずに素通りしていった。色々なことが昨日か
ら起こった……起こりすぎだ。ただの一介の高校生なのに。
 今日は美術部に顔を出そうか迷う。でも幽霊部員が顔を出すというのも変
なので行くのはやめよう。
 家、もとい家にしている漫画喫茶と言ったほうが正しいのだろうか、に帰
ると、もう冬月さんは帰っていた。居間で平然とお茶を飲みながらテレビを
見ていた。もうこの家に馴染んでいるようだ。いつの間に湯のみの場所を把
握したのであろうか? まあ普通に考えて、二乃宮さんに聞いたに違いない。
 あと、冬月さんは着替えていた。私服姿と制服姿、両方知って妙に気が高
ぶるというか、不思議な感覚だった。それは冬月さんを意識しだしたのだろ
うか。
「私服姿もかわいいな」
 不意に、俺はついそう感想を漏らしてしまった。
「それは制服姿もいいってこと?」
 そう冬月さんは、まるで自分のことではないかのように言う。いやあなた
のことです。
「あ、いや、そうじゃない」
 俺は自分でも何がそうじゃないのかよくわからない。
「あっ、ふーん」
 そうやって言い、冬月さんは無関心を装おうとする。でもその割にうれし
そうだな。
 俺はその一種矛盾した動作を少し愛おしく思った。と同時に不意に漏らし
た失言をむず痒く思った。
「蓮介くんは私をいつか殺したく思うでしょう」
「どうして?」
 俺はいきなりそう言われて、純粋な疑問を発した。
「私には何となく分かるの。君の狂気が」
 そうやって冬月さんはあらたまった格好で言った。
「俺は狂ってなんか無いさ。極めて正気だ」
「正気かどうかは主観ではなく、客観で決められるものよ」
「その理屈で言うと、そういう冬月さんだって正気かどうかは決定できない
な」
「ええそうね、わたしもその意味ではそうなのかもしれない」
「誰だって狂気の部分はあるはずだ。すべてが正常な人間なんてありえなく
ないか?」
「それは……そうかも」
 そうやって冬月さんは納得した様子だった。でも俺は内心少し狼狽えてい
た。まるで自分の本性をあっという間に見抜かれたような感覚を覚えた。そ
そくさと自分の部屋に戻り、扉をすぐに閉めてしまった。
 部屋のパソコンの電源を入れ、起動するまでにさっきのことを少し考える。
俺が冬月さんを殺す。そのことが頭の片隅から謎の引力により離れない。俺
が狂気を持っているのが冬月さんには理解できるという。
 俺はそれを信じない。でも、人間は結局信じたいものしか信じようとしな
いものでそれは自分勝手で、自分の願望なのかもしれない。でも俺は極めて
正気だ。
 しかし何がどうなって俺が冬月さんを殺すのか、いわば過程、経緯は冬月
さんの口から語られることはなかった。でも事が事だけに口にするのも憚ら
れるようなことだ。ことに過程、経緯がかなり重要な事である。
 俺は俺が冬月さんを殺したくなる過程、経緯と世界の終焉が関係している
気がしてならない。そもそもこうやって人の意図を勘繰るようになることを
狂気と言っているのか? そういう意味であれば確かに狂気性はあるかもし
れないが……。
 俺から見れば、世界の終焉とか言っている御厨姉とか、ここにいる冬月さ
んの方がよっぽど狂気を感じる。それが妄想である場合に限るが。
 そもそも狂気は誰にでも内在されうるものだとは思うけど。
 その日の夕食は美術部の話題だった。幽霊部員であることを告げると驚か
れた。俺は絵が書けるって面ではないだろう……と言いたい。相変わらず会
話は少なげだ。別に避けているわけではない。単に俺は話がうまい方でもな
いからだとすら思う。
 ここ二日、冬月さんを観察して思ったのは妙に無防備だなあと。それは一
緒に住んでいることで、物理的な距離が縮まっているからかもしれない。心
理的な距離は……縮まっているのだろうか?
 次の日も、その次の日も冬月さんは朝に味噌汁を作るのであった。それに
一種の愛着、とまではいかないまでも一種の安心感を感じるようになる一方