冬月さんと、祝福の世界のもとで
「ええ、そこは俺も疑問だったんですけど、聞いても教えてくれないし仕方
がないですね。そのうち分かるんじゃないかと思うんですけど」
「あー、言いたくない時っていうか言うべき時じゃない時ってあるよね。タ
イミングっていうかさあ。ものいうときは重要なのよね」
二乃宮さんはうんうんと一人でいっている。
「あぁ……そんなもんですかね」
「三階の広さから考えて、二人ぐらい余裕でしょ?」
「まぁ広さ的には余裕ですね」
「あーなかなか面白くなってきたじゃん? 退屈な毎日に唐辛子がかかった
感じするね? よかったね」
ひとごとだと思って心底気楽だな。
「あんまり辛くないといいんですけどね。むしろ甘いほうがいいです」
「いや、なかなかそううまく行くもんじゃないよ。ソッチのほうが楽しいだ
ろう?」
「はぁ……困ったものだ」
俺は頭を抱える。
「その子が来たら紹介してよ」
「無論そのつもりですが?」
「最近の高校生って進んでるのね」
「まあそうですね。あっ携帯が鳴ってる。もしかしてここに着いたのかも」
俺は急ぎ携帯を取り出す。画面を見てみると、知らない番号だった。おそ
らくは冬月さんであろう。
「もしもし」
「もしもし……冬月だけど。下ついたんだけど」
「わかった。今行く」
俺はそう言い、携帯をしまい、階段を降りる。
階段を降りて一階に行くと、大きな鞄を片手に持った冬月さんが手持ち無
沙汰に立っていた。よっぽど珍しいのか、あたりを見回している。
「ここの三階が住居スペースと化しているんだ。行こう」
俺はそう言い、冬月さんを先導し階段を登る。階段を登っている途中、な
んの目的があるのかチラリと聞こうとしたが、やめておいた。いずれわかる
ことだ。
俺はそのまま、いつもの様に従業員の詰所まで入る。冬月さんもやや躊躇
しながらもついてきた。全く関係のないところの従業員の詰所なんか、入る
経験がないだろうからやや躊躇するのもよく分かる。俺も最初はそうだった
し。妙な気分になったものだ。
「あっ、その子?」
二乃宮さんはなんか明るい声だった。この人状況を楽しんでるな。冬月さ
んは少し反応に困っているかのようだった。助け舟を出すことにする。
「こちらは冬月さん。同じクラスで、少し事情があって預かることになった
んだ。今更ながら預かるって表現もアレだな、偉そうだな」
俺は一人自嘲した。
「あの、その、よろしくお願いします」
冬月さんはややぎこちない声と動作でおじぎをした。
「わかったわかった。私はかっこ良く言うとここの従業員の長だ。まあいろ
いろあるんだろう、別に聞きはしない、でもまあ仲良くやろうじゃないか」
そうやって二乃宮さんは言い、さっさと向こうに行ってしまった。何か用
でもあったのか故意か。
「三階の住むところまで案内しよう。向こうの階段が繋がってる」
俺はそう言い、指差した。再び俺達は歩き出した。
階段を登りながら、俺はクラスの同級生と住むという異常事態を改めて噛
み締めていた。その一方で、こういう非日常を望んでいた自分もあるのだ。
だから御厨姉の頼みをあーでもないこーでもないといいつつ最後には受けた
のだ。
「肝心なことは何も聞かないで放置なのね。いつ聞いてくるの?」
「せめて階段を登ってからにしないか。階段の途中で重要な話は、ものすご
く中途半端な感じがして気持ちが悪い」
「それもそうね。一旦上がりましょう」
その後俺達は階段を登り終え、俺は冬月さんに部屋を指示する。
「ここの部屋が空いているから使うといいさ。そのうち気が向いたら教えて
くれよなんでこうなったのかをさ」
「なんで御厨先輩が君を選んだかがわかる気がする、今はね」
「善人気取りは虫酸が走るからしたことがないんだけどな」
俺はそう言われると背中がむず痒くなってきていけない。
「風呂とか台所はあるの?」
「当然あるさ。向こうだ」
俺は手で方向を指示する。冬月さんはわかったとばかりに頷いている。
「へー、案外急造というかプレハブ的なのにきちんとしてるのね」
「叔父の性格的にきちんとしてるんだよな、そこらへんは。飯の心配はしな
くてもいいぞ。二乃宮さん、さっきの人が作って持ってきてくれる。大体六
時過ぎだろう。手間はいらない」
「そう……」
「まだ飯が来るまで時間があるな。核心に迫る話をしようじゃないか」
俺はそうやって言い、テーブルの椅子に座り、暗に冬月さんもそうするよ
うな態度をしてみせる。冬月さんも俺に習い、向かい合わせに座る。
「ずばり聞くが、一体何が目的なんだ?」
「そうね、何処から言えばいいのか……世界はもうすぐ終焉する」
「世界が終焉するねえ、なんだそれは。漫画か何かの世界か? 本気なのか
?」
俺は思わず驚き、即座に反論する。
「嘘を言ってどうするの?」
冬月さんは冷静な声だった。
「嘘を言ってどうするって言ったって、普通そんな話は信じられないだろう
? 客観的に考えて」
「客観も最後には主観が決めるものね」
「それはそうかもしれない、でも信じられない」
「人間わからないものは信じたくないものね」
「わかるわけないだろう。世界が終わるとして証拠はあるのか?」
「証拠、ね」
そう冬月さんは言うと目線を斜め下にそらした。何を考えているのだろう。
俺は反論する。
「明日も今日の延長線上にあるんだよ。結局世界なんてものは不変だ。もっ
と言えば、俺達は世界に組み込まれているといったほうが正しいかもしれん。
結局、不可視である世界の歯車にすぎんのだよ。世界が終わるんじゃなくて、
世界の観測者たる人間が終わるんだよ」
「なるほどね。それが君の世界に対する解釈かい?」
「そうさ。世界はもうすぐ終焉すると言ったな? どういうことなんだ?
冬月さんはそれを救うだけの能力があるのか? まるで漫画か小説の世界だ
な」
「それはおいおい話すさ……焦ることはないさ。早速部屋に入らせてもらう」
「焦ることはない……ね……正直半信半疑だ」
そう俺は言うと冬月さんはさっき割り当てた部屋へ向かうべく、椅子を立
った。これ以上は今日の所話す気はないらしい。まぁ荷物の片付けとか色い
ろあるんだろうし。
世界の終焉……か。もし世界が終わったら人間は当然全滅してしまうのだ
ろうか?よくよく考えて見れば世界なんてものはその人が思っているだけで、
実態はないのだ。もし妄想だったり、冷めない夢を見ていて、それを世界だ
と勘違いしていてで延々と眠っていたら? 目が覚めた瞬間に今まで思って
いた世界とやらは簡単に崩れ去ってしまう。そういった意味で言えば世界と
やらは案外簡単に崩れ去るものなのかもしれない。でも、今俺が感じてい世
界とやらは夢ではないし妄想なんかじゃないなんて確信している。ただ、そ
れが思い込みなんて言われたら結局なんとも言えない。答えはそれこそ、人
の数だけあるんだから。
しかしながら、冬月さんの文学少女然とした雰囲気が制服であるセーラー
服に妙にマッチしていて妙になまめかしく、思わずかわいいなぁなんて感想
を思ってしまった。これから少しの間一緒に暮らすのにそういう感情を持つ
と色々めんどくさいだろうと自嘲した。
作品名:冬月さんと、祝福の世界のもとで 作家名:白にんじん