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白にんじん
白にんじん
novelistID. 46309
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冬月さんと、祝福の世界のもとで

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間の流れが徐々に遅くなるかのような感覚を覚えた。だんだんと意識までも
がスローモーションになっていく。一体何なんだと思った。徐々に世界がス
ローになってゆく。
「人間は誰もが罪人だよ」
 しれっとした顔で冬月さんはそう言った。
 冬月さんが発したその言葉を聞いた時、俺は心を見透かされたようで一瞬
心が震えた。そして冬月さんの方を見た。多分俺の顔は驚愕が八十パーセン
トと畏怖が二十パーセントだろう。何が起きてるんだ。頭が疑問でいっぱい
だった。
「私もその一人だ……何を驚いているんだ? まるで阿呆だな。がっかりだ
な」
 そうやって、冬月さんは俺の顔をまじまじと見つめて言った。俺は、まる
で鳩が豆鉄砲を食ったような気持ちで立ち尽くしていた。
「がっかりだなって言われたって、何ががっかりと言いたいんだ?」
 脊髄反射的に俺は言葉を発していた。俺は何かを恐れていたのかもしれな
い。
「そうだね、自分の本質を自覚していないところかな」
「冬月さんに何がわかるというんだ? そういえば今日話したのが初めてだ
よね」
「ああそうさ。それは些細な問題だよ」
「些細? 面白いことを言うな。話したことがない奴のことがわかるという
のか? 神通力でも持ってるとでも言うのか?」
 俺は少しイライラした口調で言った。
「些細だな。神通力だって無いとは言い切れまい?」
 そうやって冬月さんは不敵な笑みを浮かべる。
「ふん、ブラフ、ハッタリだな」
 俺はそうやって言い、目線を足元へと移した。それはこれ以上何も悟られ
たくないからだろう。
「それはそうと重役出勤だな。今来たんだろう? 道楽もこのへんでよすん
だな」
 冬月さんはそう言ったけど、言葉とは裏腹に咎めるニュアンスは無いよう
だ。
「太宰治の人間失格でそのセリフは見た気がするんだ。そっちこそ、道楽も
このへんでよすんだな」
「まあいい。それは些事だ。今から屋上に行って話をしない?」
 冬月さんは無邪気な声だった。それはまるで御厨姉みたいだった。まるで
同類だな。それに俺はヘンな気分になった。
「いい」
「いいというのは、肯定なの? 否定なの?」
「無論否定だ。面倒だ」
「多分今話をしなくても、近いうちに話をする事になると思うよ」
「それはどういう意味だ?」
「言葉通りに捉えてもらって構わない」
「……じゃあな。近いうちとやらが来るかどうか楽しみだな」
 俺はそうやって答え、教室に行く。
 教室に着き、時計を見るともう授業が始まる五分前だった。周りを見回す
と、席に座っている人のほうが多い。
 俺も席につくことにする。席は後ろのほうなので、ふと気付き、冬月さん
の席の方を見る。例によって冬月さんはまだいなかった。一体何処をほっつ
き歩いているんだろう。でも俺には関係のないことだ。きっと近いうちに話
をすることになるなんてのも戯言だ。そう信じている。
 そう考えていると、教室の前の扉から冬月さんが入ってきた。俺は目をそ
らした。
 冬月さんはこっちを見て微笑した気がする。あくまで気がしただけだけど。
「おい、派手にかましてくれるじゃないか」
 そういう声が後ろから聞こえてきた。後ろを向くと、そこには中学の頃か
らの友人である、立川がいた。
「派手にかましてくれるじゃないか、とは何のことだ?」
「またまた。午前中すっぽかすとかどういう神経してるんだよ? ヤバいな。
クラスに打ち解ける気とか無いだろ?」
「それは、わからんね」
「わからんね、とか気取ってる場合じゃねーぞ」
 そうやって言い、立川は俺の方をバシッと叩いた。心なしか俺を励まして
いるかのように感じた。本当にこの人は人がいい。
 五時限目の授業が終わった後、御厨妹が俺の席まで心なしかゆっくりと来
た。
「あの、今日の放課後のことなんだけど」
 そうやって、御厨妹は言葉を選びつつ、ゆっくりとした口調で言う。
「ああ、わかってる。美術室だろ」
「それならいい」
 そうやって言うと、御厨妹は自分の席に戻っていった。
「おい、御厨さんっていいよな」
 立川が後ろからしみじみと言ってきた。
「何がだ?」
 俺はそう答える。
「何がって、結構かわいいじゃないか」
「まあそうだな」
「何だよ、適当に受け流しやがって。御厨の姉と仲がいいからって余裕こい
て」
「別に適当に受け流したつもりはないさ」
「ああそうかい」
 そういうやりとりをしているうちに、六時限目の授業が始まった。
 六時限の授業が終わった。うちの学校では六時限までしか無いので、この
後は帰るか、部活に行くかのどちらかだ。
 美術部に入っていると言えども、ほとんど幽霊部員と化しているので普段
は帰る事が多いのだが、今日は御厨姉の頼み事のせいで美術室に行くしかない。
「今日も美術部には行かないのか?」
 そうやって立川が俺に言ってくる。何しろ立川も美術部員なのだ。
「いや、今日は用があるから行く。立川も来るんだろ?」
「今日は用があるから行かん。俺はそのまま帰宅だ」
 立川はそう言い、手をひらひらさせて帰っていった。
 俺は例によって美術部へ行く。美術室は特別棟だから一旦外に出ないとい
けない。
 外に出て特別棟へと歩いているうちに、御厨姉の用とは一体何か頭の片隅
で考えていた。まあ考えて人の思考がわかるわけでもなし、すぐにやめてし
まった。
 歩いているうちに、ふとさっき冬月さんが言った、人間は誰もが罪人だと
いうセリフが頭に浮かんでいた。
 考えてみれば、人間は動植物を食べて生きている以上、命を消費して自分
が生きながらえていると言っても等しいのではないか。でも、冬月さんはそ
ういう意味で言ったのか疑問である。後から気になるぐらいなら、その場で
冬月さんに真意を問いただすべきだった。
 特別棟に着いた。特別棟の二階に美術室がある。放課後ということもあり、
ちらほら生徒がいた。
 美術室の前の方の扉に着く。胸が高鳴る気が僅かにする。それは何故だろ
う。何も恐れるものはない。
 意を決してもしなくても、俺は扉を開ける。扉を開くと、今日は集まりが
悪いのか普段の六、七割といったところだ。まあ毎日来てるわけじゃないか
ら普段がどうこう言えるわけじゃない。
 俺は美術室の中に入り、御厨姉を探す。幸い美術部は風紀が緩いので、幽
霊部員と化した俺でも視線が痛くないのが救いである。
 今日はそれぞれがスケッチブックにイラストを書いている。……美術部が
こんなことをしていていいのだろうかという疑問は脇にそっと置いておく。
もう少し高度なことはしなくて良いのだろうか。余計なお世話だろう。
 御厨姉は、向こうのほうで同級生の女子と談笑をしていた。それを遮るの
は少し勇気がいるが、御厨姉のほうから用があると言っているのでそれは免
責されてしかるべきだ。
「御厨先輩、用があるって話だから来たんですけど」
 俺はそうやってズバリと切り出した。御厨姉と話していた相手は、まるで
話に割りこまれた様子で困惑の色を浮かべている。
「なんだ、ちゃんと来たじゃないか。なに、向こうで見せたいものがあるん
だ」
 御厨姉はそうやってあっさりと言ってのけた。
「準備室までついてき」