星よりも儚い 神末家綺談1
(なんだろう・・・)
伊吹は、雑木林に入ってから奇妙な感覚に囚われていた。そわそわと落ち着かない気分になるのは、暗闇から視線のような気配を感じるからだ。それも、複数の。
ざわざわと木が鳴いている。この真夏なのに、暑さをまったく感じていないことに、伊吹はようやく気づく。
「ほら、沢だ。蛍を見にきたんだろう?」
瑞が立ち止まり、笑った。そこは確かに、以前祖母と穂積と蛍狩りにきた場所だ。あの夜、蛍は飛び交い幻想的な光景だったはずなのに。伊吹は懐中電灯を消してあたりを見渡す。
「蛍・・・いない」
漆黒の闇が、べったりと視界を塗りつくしているだけだ。
ふう、と風が吹いた。生ぬるい風。ぞわっと体中の毛穴が開く感覚に、伊吹は息を呑む。
「・・・なにか、」
いる。目の前の沢に、何かの気配を感じる。
「瑞、朋尋・・・?」
世界が一変し、闇の中に伊吹は一人で佇んでいる。目の前の何かと対峙し、指先一本動かすことかなわない。重苦しい暗闇がのしかかってくる。微動だにしない目の前の気配。叫びだしたい衝動に駆られても、声はきっと出ないだろう。伊吹は身体の自由を失い、無限とも思える時間を立ち尽くす。どうしよう、怖い。このまま闇にのまれてしまう。
作品名:星よりも儚い 神末家綺談1 作家名:ひなた眞白