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天井下がりの世迷言

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 ――嫌な夢を見る。首を絞められる夢だ。私は何もできずに、ただその手が私の首を折るのを見届ける。
 その目は悲哀であり、そして憤怒であり、苦痛にも満ちている。怖ろしいその形相を目にしながら、私は死の淵へと堕ちてゆく。
 そしてこきり、という音と共に私は目を覚ます。
 本当に嫌な夢だ。自分の死ぬ夢なのだから、気持ちの良いモノである訳がない。
 天井へと目を向ける。だが、そこに彼女はいなかった。元から何もいなかったかのようにシミだけを残して、元の天井に戻っていた。
 私は眠気を振り払いながら、布団を仕舞おうと押し入れを開ける。
 ――天板がずれて天井裏がぽっかり口を開けていた。ネズミが降りてくるのも嫌だし、閉じてしまおうと私は押し入れに潜り込む。
 何か引っかかっている。上手く閉じられない。一度天井裏に頭を突っ込む。
 むぅ、暗い。何も見えない。携帯電話のライトを駆使して、天板に引っ掛かっているモノが探る。
 天板周りを探ろうとライトを動かす。ちらりと何かが視界を過った。
 なんだ、あれ? 天板を踏み抜かないように作業用のキャットウォークを伝ってそれを見に行く。
 小さなブリキの玩具だった。畳んだ風呂敷の上に寝せて置かれており、横には封筒が置かれていた。不気味な気分になりつつも、それらを抱えて降りる。
 封筒の中には写真が入れられていた。
 綺麗な女の人だ。女の人が、赤ん坊を抱いた写真であった。
 なんでこんなモノがあんなところに置いてあったのだろうか?
 写真とこの玩具の関連性は何となく察せるが、それらがあそこに有った理由は?
 ふと、嫌な考えが頭を過る。
 私はその考えを脇に追いやる。写真と玩具を包み、家を出る。
 急いで向かうのは、近所の寺。水子供養を行っている寺院が都合のよいことに近所にある。
 私はその寺にそれらを預けることにしたのだ。
 古来より、天井というのは異界とされるという。天井裏には何か人さまには見せられないモノを閉じ込めておく為に使われたりもした、という歴史があり、何より天井というのは人が眠る時に見つめることになるモノだ。就寝時、眠りに付く前についつい考え事をしてしまう人も多い。その考え事の中、天井を見つめるのだから、シミが人の顔に見えたり、好からぬ妄想をしてしまうこともある。そうして、天井はとても身近にある異界とされることも少なくなかったのではないだろうか。そう私は考える。
 その異界にあったモノなのだから、アレは良いモノである訳がない。善悪有害無害は別としても、少なくとも、私がずっと持っているよりも良いことはないだろう。だから、私は寺に駆け込んだのだ。
 ――その後、彼女が天井に現れることはなくなった。

 ひゅるるる、ひゅるりりと音が聞こえる。
 今日も彼女は電車に張り付くし、彼は宙を堕ち続ける。そして彼らは笑うだろう。我が身の運命を笑うだろう。
 吊るされる私はゆらりゆらりとあの世とこの世の境界を振り子する。ついぞどちらが私の領域か分からなくなる。
 生死を迷い、この世に迷う。世迷言を繰り返し、やがて死をも繰り返す。そうやって彼らは自らの死を伝えることに行き着くのだ。
「ひゅるり、ひゅるるり」
 世迷言が風に乗る。どこからか世迷言が流れてくる。
「ひゅるるり、ひゅるる」
 私に彼らを救うことはできない。人が救えるモノの数は多くないのだ。だから、私は聞き続けるのだ、その世迷言を。
 せめて、私は迷わぬように。自らの存在を確かめつつ、世迷言を聞き続ける。何も救えない私のせめてもの助力であった。
 ――世迷言は風に乗る。誰か助けてと迷い続ける。
作品名:天井下がりの世迷言 作家名:最中の中