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Twinkle Tremble Tinseltown 10

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 純粋な疑問の答えは竦められた肩だけ。ギャッジも取り立て糾弾する気はない。世論で言えば100回電気椅子に掛けても足りないような連中の面倒を見ることで、この娼婦上がりの女は給料を貰っている。その視点から鑑みれば、彼らも誰か人のために役立っているのだ。
「そういえば僕と同じ小学校に通ってた奴でさ、一つ年下の。パンタゲスに入ってるのがいるんだけど、もしかしたらそいつかもね」
 守秘義務か面倒なだけか、モニークは二本指に手挟んだ煙草を呑むだけで答えようとはしなかった。吸い付くとき唇を大分尖らせても、彼女がやってみせればそこまで下品にはならない。モンタナ通りの女にしては、という意味で。
 それでも娼婦の真似事をしていたときよりは確かにやつれていた。緩くなりつつある顎の線は、対向車のライトに照らされたときその輪郭を浮かび上がらせる。丸い顎の骨から垂れ下がる贅肉。
 走り往くバイクのスロットル音に耳を澄ませているのだろうか。後にしたメインストリートは色を失い始め、今立ち並ぶのは中断された土地開発事業のせいで剥き出しにされたコンクリート、錆びた鉄骨。高くそびえる残骸が今にも覆い被さってきそうなこのあたりを好むネアカな人間などいない、特に夜は。


 夏だというのに錆びたドラム缶へ火をくべている狂人の正体は、見慣れたホームレスではなかった。筋肉もりもりの上腕筋とブリーチし過ぎのブロンド。幾人かは女もいる。サイバーパンクをより一層悪夢的にした光景に、モニークは目を細めるばかり。
「可哀想ね」
 もしや去っていった恋人でも混ざり込んでいるのだろうか。ギャッジは車両速度を落とすと、客と全く同じ顔つきで集団に目をこらした。
 彼が観察する限り、停めてあるチョッパーと黒いタンクトップの中に見知った華奢で背の高い赤毛は見あたらない。どれもこれも一律に、燃え上がる白い炎へ照らされ脱色され、影ばかりを辺りの壁へ高く延ばしている。「マクドナルドじいさんの農場」を歌っているのか、それともマントラでも唱えているのか。
 自らの想像が余りにも面白くて思わず唇をねじ曲げながら、ギャッジは背後の独白を疑問形に変えて復唱した。
「何が」
「さあね」
 窓ガラスに指が一本出せるかどうか程の隙間を作り、短くなった吸い殻を投げ捨てる。投げ煙草を踏んづけたせいでもあるまいが、車はその直後、がくんと一度小さく揺れた。
「私、そんなに頼りがいがないかしら」
「アーニャが言ったの?」
 頷く代わりにモニークはシートへ身を預け、背もたれに腕を引っかけた。
「彼女、ルイスに懐いてて。知ってるでしょ、ゲイの印刷工で詩ばっかり書いてた」
「レストランでスイスチーズみたく穴だらけにされた奴だろ。あんたも仲良くしてたじゃないか」
「ただの腐れ縁よ」
 手を振ることで、まだ車内に残っている副流煙と拝聴者の勘ぐりを振り払う。
「もちろん、死んじゃって悲しいわ。けれどアーニャが言うには、彼の死の一因は私にもあるんだって。私が手を差し伸べないで、傍観してたから自暴自棄になって」
「自暴自棄になったらロブスター食べにいくんだ、ホモって」
 嘲笑を隠しもしないギャッジに、今回はモニークも食いついてこなかった。髪にまとわりついていた馬糞臭い匂いを追い払った手は拳となって唇へ添えられ、らしくもない考え込むポーズ。蹴られたり叩かれたりと傷だらけになった仕切り板をじっと睨み付け、幾分か不明瞭な言葉で呟く。
「あんなヘルズエンジェルスもどきよりも甲斐性がないって思われたなら、やりきれないわ」
「あんた、意外とそういうこと気にするんだね」
 年上の女性に対して見せるには到底生意気すぎる仕草で、ギャッジは肩を竦めた。
「つけ込まれるよ、気をつけないと」
「言われなくても分かってる。昔、パンクバンドのベーシスト志願と付き合って懲りた」
「男? 女?」
「男」
 みっともなく頬を膨らませるのはポーズだとしても、不機嫌な口調はメスを入れた形跡など一切見られない。ありのままが一番美しいなんて言葉は端から信奉していないが、ギャッジはくるくると変わる彼女の気分の持ちようは嫌いではなかった。


「頼りがいがないかは知らないよ」
 こじんまりしたアパートへと向かう、ひび割れた舗装の路地裏。フロントガラス越しに首を縮めて上目遣いを作り、ギャッジは夏を引きずり続ける空を見上げた。いつの間にか月も入道雲の残党に襲われ、その姿を分厚い奥へ隠している。
「けれど、出来ること全部やってるんだからいいじゃないか」
 娼婦という仕事に見切りをつけ、20も半ばになって懸命に勉強して。看護士として頭のおかしい連中を相手取って給料をもぎ取るなんて、そうそう出来るものではない。はぐらかし続ける本音で、ギャッジはちゃんと感心していた。

 もっとも彼の心など、モニークは露ほども求めていないに違いない。彼女に好かれていないことは知っていた。今だって彼はヘルズエンジェルスの傍らを徐行運転で通り過ぎ、角を曲がって彼らの姿が見えなくなってからもアクセルを踏み込もうとしないのだ。


 正真正銘の路地裏は向かい合うアパートの窓と窓の間が、互いに両腕を伸ばせば届きそうな程近い。
 サイドを煉瓦で擦りそうだから、という言い訳の元、ギャッジは涅槃のような暗闇へ向かってゆっくりと車を進ませた。唯一白い、取り込み忘れた洗濯物が糊付けされたように動かないところを見ると、風一つ吹いていないのだろう。ヤニと埃に毒されたエアコンのフィルター越しに届く涼の代替品は見つからない。


 ついに車が道を塞ぐようにして止まってしまった瞬間、モニークははっと顔を持ち上げた。彼女が次の反応を思いつくよりも早く、シートへ肘をかけ、後部座席を振り返る。
「慰めてあげようか」
「結構よ」
 まだ抗弁をまとめきれていないのか、モニークの言葉に完全なる否定は見受けられない。ギャッジは笑みを浮かべた。鼻から上は少年そのもので、下は唇を右へと盛大に歪める表情で。
「実を言うとさ、僕、アーニャと寝たことあるんだよ、この車で」
 サイドガラスを塞がれ、闇に侵された車内は驚くほどうるさい。エンジン、空調の稼働音、彼女の引きつるような吐息。音の中に無理矢理身をねじ込ませた言葉は、恐らくこの中で一番堂々としている。
「尺八してもらったんだけど、信じられないくらい下手くそでさ。まるでカフェオレでも飲んでるみたいだから、途中でやめさせたよ」
 淀みない口調で言ってのけてからも、ギャッジはモニークの瞳から視線を外そうとはしなかった。一つ、二つと数を数える。10まで経ってもこのままなら彼の負け。
「させたのはそれだけ?」
 彼女の目尻が痛々しいほどの皺を刻み、瞳が輝けば勝ち。
 座席を後ろへと引き、反対の手で差し出された掌を掴んで引っ張りながら、ギャッジは首を横に振った。
「聞きたい?」
「聞きたいわ。でも最初に言っとくけどね」
 目元が見えない分余計に、軽く出された舌に湿される、肉厚の下唇ばかりを見つめてしまう。
「私の方がずっと巧いわよ」
 あの場所に噛みついたら機嫌を損ねるだろうか。暗がりの中でも瑞々しさをはっきりと知ることの出来るそれを見て思った。