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Twinkle Tremble Tinseltown 10

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pimp taxi route3


 頼むから寝かせてね、と自ら言ったにも関わらず、モニークは車が動き出して20秒もしないうちに会話を始めていた。最初は様子見、独り言から。
「疲れたわ」
 近頃ウェストコートに乱立する、女性の一人客を歓迎するような洒落たバーの前で彼女を拾ったのは夜の九時過ぎ。飲んでいたのは一時間程だろうか。後引く街の灯りに照らされる横顔は酔った風もない。

 普段はぱっちりしている眦がとろんと垂れているのは、恐らく相次ぐ超過勤務によるものだろう。看護士の仕事が厳しいことは誰だって知っている。
「8時間立ちっぱなし動きっぱなし、しかも相手は頭がおかしいのばっかりでしょ」
「お疲れさま」
 ミラー越しの視線こそだらしなく開かれたスカートの奥、むっちりとした太股の付け根へを覗こうと企んでいるものの、ギャッジは声音に労りの色を添えることだけは忘れなかった。
「えらくくたびれてるけど、何かあったの?」
「いつも通りよ」
 男の気遣いを当然の如く受け取り、モニークは肩に掛けたままだった大きな帆布のトートバッグへ手を突っ込んだ。実際のところはわからない。しかし少なくともギャッジが見た限り、彼女は世慣れており、そそる女だった。
 確かに肉体は豊満なものの、美女というには少し顔全体が腫れぼったく、陰影が薄い。きっと意識しているかいないかの問題で、本当は誰しもがその事実に気付いている。

 彼女の武器は姿形でも性格の良さでもなく、その厚かましい態度だった。ここまで堂々と自らを白日に晒すことなど、トレイシー・ローズ級の美女でもなかなか出来ないに違いない。押し出しは風格すら醸し出していた。



 マニキュアもしていない爪は丸く短く切りそろえられ、探し当てたタオルハンカチを力強く掴む。額に滲んだ汗を押さえる動きに、ギャッジは空調をほんの少しだけ強めた。
「精神病院って大変なんだ」
「病院じゃなくて保護療養施設。建前は」
 ふうっと太い息は蒸し暑い外でずっと車を探していたせいか、アルコールのせいか。
 ティンゼルタウンの西側は、街固有のものだけではなく、隣接する健全な都市群と連絡した線路が二層になって地下を走っている。夏の季節、這い上がる熱はアスファルトで一旦留められ、昼間の太陽で倍ほどの温度にまで高められてから改めて地表へ噴出した。それは夜になっても変わることなく、むしろ陰鬱さを増して宵闇の空気に纏わりつく。

「毎日何も変わらない。おかしなことばっかり。愛情不足のシリアルキラーにはべたべた体を触られるし、マットレスカバーを頭に被って窒息死しようとする鬱病患者はいるし」
「何だか面白そうだね」
「そんなこと言うんなら交代してみる?」
 青いクロス模様のタオル地から現れた顔は、餌を啄む雀のように唇が尖っていた。
「あんた、体格いいから向いてるかもよ」
「でも女いないんだろ」
「いるいる、病棟が違うだけ」
 屈託のない言い種に、ふと思い出す。
「私もそっちが良かったな」
 確かに両刀使いならそっちの方が良かったかも。言葉を寸前で引き留め、舌で奥に押し戻す。
「そこなら、抱きついたりしてこないもんね」
 そういえばレズビアンポルノは監獄ものが多いけれど、後ろの女も患者を鞭で叩いたり、バイブレーターを尻の穴に突っ込んだりするのだろうか。


 数週間前に借りてきたDVDで見た赤毛とプラチナブロンドの交歓を、ネオン瞬く暗闇に投射しているギャッジについて、客がどう思ったかはわからない。再びバッグの中に戻った手は、返す動きでマルボロライトを掴み出す。
「吸っていい?」
「どうぞ」
 身近な人間を使った想像が具現化するより早く、あああ、と大きなため息。低い天井にぶつかったヤニは跳ね返り、いつでも全開になっている仕切り窓から忍び込んできた。
「タバコ、やめたいなあ」
「体に良くないしね」
「アーニャも言ってた」
 弾き出した恋人の名前を呼ぶとき、随分とネガティブな色が含まれていたのは見逃せない。しかもそれが過去形と来れば。
「別れた」
 ギャッジの先手を打ち、言葉は投げ出すようにして返される。
「好きな人が出来たんだって。区役所の仕事しながら市民劇団に入ってる三十路女」
 区役所、の言葉は紫煙を纏い、左側に歪んだ口角からこぼれ出す。ちょっと年を食っていい女になったパム・グリアそっくりの唇の動き。ぐっと来る。
「休日はね、革ジャン着てハーレーに乗ったりするんだって。どれだけ税金ごまかしてるのかしら」
「じゃ、後ろにアーニャが乗るんだ」
 深く考えず放った言葉に、モニークはふんっと慎ましく下を向いた鼻の穴から煙を吹き出した。
「跨るのが好きだなんて知らなかったわ」
 フロントガラスの遙か先を見つめている瞳は確かに沈んでいるが、口振りは思ったよりも乾いている。そういえば普段、彼女はどんな声音で会話をしていただろうか。
 己の記憶力の弱さに、ギャッジは悲しくなった。思い出せるのはキスさせてくれない唇、くりっとした瞳、そして時折甲高く掠れる語尾。

「しばらく恋とか何とか、やだな。安定した生活がしたい」
 どっしりとした見かけの割には高く神経質な声が、彼女の求めているものを観客に想像させない。車が向かっているモンタナ通りは、そんな女ばかりが暮らしている。否、もしかしたらその他大勢は、勘違いされているだけの哀れでつましい存在なのかもしれない。

 少なくともモニークは違う。一般市民になりたいと願う低所得者。己を含むありとあらゆる人間に甘い汁を吸われ、若くしてかじるところがもうあまり残っていない女。
「誰か私を好きになってくれないかしら。そうしたら私もその人のこと好きになるのに」
 もっとも彼女らの癖となった身のこなしは、ギャッジの神経を簡単にたかぶらせる。今も傷んだ髪を指先で掻き上げ、耳に掛ける。左側だけ。浮かび上がったふくよかな耳たぶにはピアスホールが潰れず残っている。まさしく針の先ほどの穴に埋め込まれた影が、過ぎ去る光の中ではっきりと存在を主張していた。

「それが病院の患者でも?」
 ぷつりとした窪みを舐めしゃぶりたいという欲望をおくびにも出さず、ギャッジは半分笑いの混じった口調で尋ねた。
「マットレスを被るような」
「ううん。マットレス男は別に何ともないんだけどね」
 予想は外れ、モニークは言葉の全てを否定しなかった。枝毛でも見つけたつもりなのだろうか。つまんだ毛先へ意識を集中させているふりをしながら、くたびれたと言わんばかりに一つ大きく息を吐き出す。
「サイコパスの方よ。最近かまってくるの」
「テッド・バンディみたいな奴?」
「そうだとも言えるし、違うとも言えるかな。バンディよりもっと頭がおかしくて、もっと子供。ちょうどあんたと同い年くらい」
 目だけを動かしてバックミラーを見つめる。不鮮明なガラス越しに目を細め、ギャッジはそれで、と呟くように口にした。
「犯罪者なんだろ?」
「15の時アル中の父親をね、ガムテープで縛り上げてから車のバッテリーに繋いで焼き殺したんだって。他にも5、6人は殺してるって話」
「何でそんな奴が死刑にならないの」